第12話 古林くんの師匠
家に帰り、玄関を開けると誰か人がいる気配がした。
今日は母さんの帰りが早い日だったっけ?
「ただいまー」
「おう、奏介。遅かったな」
「お、おじいちゃんっ!?」
待っていたのは古林流幽幻闘技の師匠でもあるおじいちゃんだった。
僕にとっては恐怖の存在である。
「旅行から帰ってきてたの?」
「馬鹿者。旅行ではない。古林流幽幻闘技を広める活動だ。何度も言っておるだろう」
「はい。すいません」
おじいちゃんは旅行が趣味で、暇さえあればおばあちゃんと国内のみならず海外にも旅行している。
でも二人きりで旅行というのが後ろめたいのか、はたまた恥ずかしいのか知らないが、いつも修行だとか広報活動だとか言い訳をしていた。
「久しぶりに稽古をつけてやるから道場に来い」
「い、今からですか? 宿題と予習をしたいんですけど……」
「そんなものはどうでもいい! ほら、早くしろ」
「そんなものって……はい……」
僕に拒否権などない。
とにかくこの調子で幼い頃からいつもよく分からない古武術の修行をさせられている。
おじいちゃんは恐ろしいほど強い。
確か今年七十三歳か七十四歳だったはずだが体力の衰えもなく、いまもキレキレの動きである。
「ぐはっ……」
みぞおちに掌底を打ち込まれ、お腹を押さえて道場の床に膝から崩れ落ちる。
「なんじゃ、情けないのう」
これで今日、四回目のダウンである。
もちろんわざとやられているわけではない。全力の本気でやってこのざまだ。
おじいちゃんは恐ろしく素早く、そして独特の動きをするので昔からまったく歯が立たない。
「わしがいない間、鍛練をサボっていたな?」
「すいません」
「情けないのぉ。そんなことじゃ古林流の伝承者にはなれんぞ」
「はい」
最初からそんなものになりたいなどと微塵も思っていない。
しかしそんなことを言ったら更に激しい特訓をさせられるのは目に見えているので言わない。
「まったく……こんなんでは許嫁にも勝てないじゃろうなぁ」
「すいませ……え? 許嫁!?」
驚いて顔を上げるとおじいちゃんはニヤリと笑った。
「お前も高校二年になったからな。そろそろ伝えようかと思ってな」
「ちょっと待ってよ! 僕に許嫁がいるの!?」
「お前は古林流幽幻闘技の伝承者だ。結婚相手もそれ相応のおなごでなければならない。強いものと強いものが子を作り、更に最強の血筋となるんだ」
「そんなっ……僕の人生まで決められるわけ!?」
涙目になるとおじいちゃんは急にがっかりした顔になった。
「なんだ。喜ぶと思ったのに」
「喜ばないよ。そんな顔も知らない人と結婚させられるなんて」
「顔か? 安心しろ。かなりのべっぴんさんじゃ」
「そういう意味じゃないよ! 結婚ってもっと自由で、そして大切なものでしょ!」
さすがに敬語を使う余裕もなく反論する。
「もしかして奏介、既に意中のおなごがいるのか?」
そういわれた瞬間、頭に浮かんだのは
あわてて頭を振り、否定する。
「そ、そういうわけじゃないけれど……」
「男は色恋沙汰に
「そんなっ……いくらなんでもあんまりだよ!」
「なに、心配するな。別に今すぐ結婚しろと言ってるわけじゃない。二十歳になってからだ」
「十分早いよ!」
二十歳といえばまだ大学生だ。
そんな若さで結婚なんてあり得ない。
「だいたい相手は誰なんですか?」
「それは言えぬ。どうせ教えたら断りにいくとか、ろくなことをしないだろうからな」
「今どき許嫁なんて向こうだって迷惑だよ。しかも拳法を強くするためだなんて」
「つべこべうるさい奴だな。とにかく決まったことだ」
おじいちゃんはそう言うと道場を出ていってしまう。
都合が悪くなると逃げるのは昔からだ。
このままでは結婚までおじいちゃんに決められてしまう。
なんとかしなくては……
~ワンパン姫side~
「しかしすごかったよね、古林くん。突然飛んできたボールを反射的にパンチで打ち返すなんて。さすがは奈月の彼氏」
イレナがニヤニヤと笑いながら肘でつついてくる。
からかう気満々だ。
確かにあれくらい古林くんなら余裕だろう。
でも古林くんはみんなに本当は強いとバレたくないと言っていた。
「あんなのまぐれでしょ。反射的に身体が動いたら、たまたま当たっただけだよ」
「そうかな? すごい素早く構えてたし、なによりボールの真芯を捉えて綺麗に跳ね返してたよね?」
「それは……たまたまだよ、絶対」
まぐれで出来る芸当ではないことは分かっていたけど、そう返す。
「ふぅーん。そっか」
「運が良すぎるんだって、古林くん」
話は終わりというように視線をそらす。
「ねぇねぇ。奈月って古林くんのこと、好きなの?」
「えっ!?」
「一応彼氏なんでしょ?」
「だからそれはっ……戦いに負けたから付き合ってるだけで」
「でもこのまま一生勝てなかったら古林くんと結婚するわけでしょ?」
「けっ、けけけけ結婚って!?」
とんでもない発言に心臓がドクンと震えた。
「だって奈月が勝たなきゃ別れられないんでしょ? だったら最終的には結婚だよね?」
「す、するわけないでしょ、そんなの!」
結婚なんてあり得ない。
けど古林くんだって男だ。
彼氏という立場ならいずれキスくらい要求してくるかもしれない。
いや、そのうち要求がエスカレートしておっぱいを揉まれたり、太ももを触られたり、更には……
「どうしたの、奈月? 顔、真っ赤だよ?」
「私、絶対勝つから! 古林くんなんかに絶対負けないっ!」
そんなこと、絶対許さない。
私は必ず古林くんに勝つ。
改めて心をキュッと引き締めた。
────────────────────
なんと古林くんには許嫁がいた!?
そうとは知らずにのんきな風合瀬さん。
まだ始まってもいない二人の恋は前途多難です!
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