第11話 意外な守護者

 家に帰って一息ついていると、今日の記憶がよみがえってきた。


 風合瀬さんと一日過ごし、色んな彼女の素顔が明らかになった。

 思っていたほど高飛車な人じゃなかったし、一緒にいて楽しいとさえ思った。

 彼女というより男友達と遊んでいる感覚に近かったけど。


「まぁ僕が戦えば風合瀬さんを危険な目にさらさなくて済むわけだし……」


 ……守りたくなるようなか弱い女の子じゃないけれど。


『古林くんから見て私が可愛いか可愛くないか訊いてるの!』


 風合瀬さんの恥ずかしそうな顔と声が蘇り、胸が高鳴る。


 まぁ、もうしばらくはニセ彼氏を演じてみるか……



 休み明けの月曜日。

 不思議と誰も僕に対決を挑んでくる人はいなかった。

 ありがたいことなんだけど、金曜日までの騒ぎを思うと不気味な静けさだった。


 しかしその理由はすぐに明らかになった。


「古林は来ているか?」


 僕らのクラスに柔道部の権田先輩がやって来た。

 あの人は相当風合瀬さんに強い思い入れがあるらしい。

 一度倒されたくらいでは諦めないということなんだろう。


「なんでしょうか?」

「おお、古林! 大丈夫か? 誰にも決闘を挑まれてないよな?」


 一日一人しか戦えないから、それを気にしているのだろう。


「ええ、まあ。でも先輩は先週の金よ──」

「変な奴に絡まれたら俺に言えよ!」

「は?」


 権田さんは俺の肩をガシッと掴む。


「古林に決闘を挑む奴はまず俺を倒してからにしろって言ってあるから」

「ど、どういうことでしょうか?」

「お前は俺に勝った実力の持ち主だ。そんなお前の手を煩わせるまでもない奴は俺が倒す」

「あれは勝ったというか、まぐれで……」


 そう言うと権田先輩はフッと笑って、俺の耳元で囁く。


「謙遜しなくていい。俺にはわかっているから。あれはまぐれなんかじゃないんだろ?」


 端から見たらまぐれ勝ちに見えても手合わせをした相手は騙せない。

 権田先輩の手首を捻って掴む手をほどいたのだから、僕の本当の実力に気付かれてしまったのだろう。


「とにかく古林は喧嘩をふっかけられたら俺に言うんだぞ」

「あ、ありがとうございます」

「勘違いするな。俺は諦めた訳じゃないからな。もっと鍛えてお前にリベンジする」

「は、はぁ……」


 相変わらず熱い人だ。

 少し離れたところで風合瀬さんが呆れた顔をして笑っていた。



 権田先輩の威光に守られ、僕に決闘を挑んでくる人はいなくなった。

 まだ周りから変な目で見られるものの、ひとまず平和な学校生活が戻ってひと安心である。

 こうして穏やかに親友の伊坂君と下校できるのも久しぶりな気がする。


「ひどい目にあわされてない?」


 伊坂くんが心配した様子で訊ねてくる。


「うん。権田先輩のおかげで喧嘩をふっかけられることもなくなったし」

「そっか。ならよかった。ごめんね、僕はなんの役にも立てなくて」

「なに言ってるんだよ、伊坂くん。そんなこと気にしないでよ」

「僕はいつも色々と古林くんに助けてもらってるのに……」


 優しい彼は本気で悔しそうにしていた。

 その表情を見ているだけで、僕は友達に恵まれたんだと胸が熱くなった。


「そんな風に心配してくれるだけでものすごくありがたいよ。いままでと変わらず接してくれるのは伊坂くんだけだし。本当に感謝してるんだ。ありがとう」

「そんなこと当たり前だってば」


 お互い笑いあえていつもの空気に戻った。


「それにしても古林くんがあの風合瀬さんの彼氏だもんなぁ。すごいよね」

「彼氏だなんて。本当にかたちだけの彼氏だから。たまたま間違って彼女を倒しちゃって、そしたら彼氏になれって言われて」

「ふぅん。そっか。じゃあ別にデートしたりとかそういうことはしないんだ?」

「い、いや、まぁ、それは……」


 先日の屋内レジャー施設のことを話すと伊坂くんはニヤーっと笑う。


「デートしてるんじゃない」

「デートっていうか、あれは一緒に遊んだだけで」

「僕の知る限り男女が仲良く遊びに出掛けることをデートって呼ぶんだよ」


 なんだか伊坂くんは嬉しそうだ。

 僕に恋人ができたことを心から喜んでくれているのだろう。

 付き合っているというにはほど遠いような関係なので少し申し訳なく感じてしまった。


「あ、噂をすれば影」


 伊坂くんの視線の先を追うと風合瀬さんが友だちとバレーのトス回しをして遊んでいた。

 特に風合瀬さんの親友のイレナさんはとんでもない方向にボールを飛ばしてしまうが、風合瀬さんは華麗な身のこなしでそれらを打ち返していた。


 汗をキラキラとさせながら夢中でポールを追う姿を見て胸が高鳴る。


「自分の彼女にそんなに見惚れちゃって」

「ち、違うって。制服でバレーするなんて無茶だなって思ってだけで」


 スカートの下には当然スパッツとか穿いているんだろうけど。

 でも多くの男子の視線が風合瀬さんに集中していると、少しモヤモヤしてしまった。


 視線を逸らした瞬間、「あ、ヤバっ!」という声がした。

 視線を向けるとものすごい速度でバレーボールがこちらに向かって飛んできた。


「ッッ!」


 咄嗟にボールにパンチを打って弾き返す。


「ごめん、大丈夫だった!?」


 風合瀬さんとイレナさんが血相を変えて駆け寄ってくる。


「う、うん。まあ、なんとか」

「ごめんね。私が適当にスマッシュしたらとんでもないところに飛んでいっちゃって」


 イレナさんは申し訳なさそうに頭を下げる。


「イレナさんだったんだ。風合瀬さんが力任せに打ったのかと思ったよ」

「ちょっと古林くん。どういう意味よ」


 風合瀬さんはぷくーっと頬を膨らませる。

 そんなお茶目な顔もするんだと、ちょっと意外だった。


「ごめんごめん。なんか風合瀬さんの方がキャラに合ってたから」

「ひっどーい! それが彼女に言うセリフ?」


 僕と風合瀬さんが会話するのを見て、一緒にバレーをしていた女子が「ひゅーひゅー」とか「ラブラブ!」などと囃し立ててくる。


「からかうなー!」


 風合瀬さんは顔を真っ赤にして友達の方へと駆けていく。

 そんな姿を見て頬が緩む。

 まったく風合瀬さんは騒がしい人だ。




 ────────────────────



 今さら自分の彼女の可愛さに気付きはじめた古林くん。

 その可愛さにノックアウトされるのも時間の問題でしょうか?


 意外な守護者も現れ、ひとまず平和な日常が戻ってきてよかったですね!


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