第10話 一般的ではない気持ち

「あー、笑った! バカにしてるんでしょ!」

「ごめんごめん。ちゃんと教えるから」


 ゲームを中断して手玉とターゲットの玉を置く。

 ターゲットボールはポケットの真横だ。


「この場合はターゲットボールの右端をコツって軽く押してあげるんだ。そうすればコロッと入るから」


 風合瀬さんは首を傾げながらも指示通りにショットを打つ。

 既にコツを掴んでいた彼女は三回目のショットで指示通りに薄く当ててターゲットボールをポケットに沈めた。


「うわっ! やった! 入った!」

「すごいね! 飲み込みが早いよ」

「とーぜん! って、まぁ古林くんが教えるの上手いだけなんだけど」


 満面の笑みを浮かべてはしゃぐ。


「よし、じゃあ勝負再開ね!」


 この辺の負けん気の強さは、さすがとしか言いようがない。


 他にも色々とボールの動きを教えると、風合瀬さんはそれまでのように考えなしに力任せに打たなくなった。

 ボールの配置や反射角を考えて、しっかり見て衝くようになった。


「うー……これは難しいなぁ。あの辺りを狙って衝くとあそこにぶつかって……あ、ダメか。じゃあこっちから……」


 角度を変えながらブツブツと検討している。

 教えると怒るので黙って見守るしかない。


「あ、ここから隙間を狙えば……あー、でもなぁ……」

「っっ……!?」


 夢中になり前屈みで検討しているので、ゆるゆるの胸元が大きく開く。


(ブラが丸見えじゃないかっ! 女の子なんだからそういうとこ、気を付けなよっ!)


 慌てて目を逸らそうとしたとき──


「ねぇ古林くん。あの玉を当てたら──」


 いたずらが見つかった子どもみたいに慌ててパッと目を逸らす。

 風合瀬さんはきょとんとした顔をし、自分の胸元を見てようやく事態を把握した。

 慌てて胸元を押さえ、顔を真っ赤にして僕を睨む。


「ちょっ……おっぱい見たでしょ! えっち!」

「お、おっぱいって……ブラジャーだけだよ」

「それをおっぱいって言うの! 変態!」


 八重歯を剥いて涙目で怒鳴る。


「ぐ、偶然見えただけだって! 一秒も見てないし」

「っとにもう……男子ってほんと頭の中エッチなことばっかなんだから……」


 ビリヤードはこれ以上続けることが無理になったので終わる。

 せっかく勝てそうだったけど仕方ない。

 続いてボーリングやバッティングなどをしたけど、いずれも風合瀬さんの勝利だった。


 さすがに疲れたらしく、そこで終了となった。


「あー、気分よかった。私の圧勝だったね」


 駅までの帰り道、彼女は満面の笑みを浮かべていた。


「風合瀬さんはスポーツ万能なんだね」

「万能ってほどじゃないけど、身体動かすの好きだし。それに負けるのが嫌いだからなんでも練習するの」


 あまりにもキャラ通りの発言に笑ってしまう。


「なんで笑ってるの?」

「いや、ごめん。風合瀬さんらしいなぁって思って」

「絶対バカにしてるでしょ?」

「してないって」

「どうせ男の子みたいだって思ってるんでしょ?」


 図星だった。

 けどギロッと睨む目を見れば、素直に頷いたら怒りを買うのは目に見いていた。


「そんなこと思ってないって」

「ふぅーん。ま、いいけど」


 こういう根に持たないサバサバしたところも接しやすい。

 もし彼女が同性なら親友になれそうな気がした。


「それにしても今日は風合瀬さんの全勝だったよね」

「まーね。余裕勝ちだね」

「だったら僕に勝ったんだし、恋人関係を解消してもいいんじゃない?」

「は? ダメに決まってるじゃん。バッティングとかフリースローで勝っても拳で勝ってないんだから」


 あくまで格闘で決着をつけなければいけないらしい。


「ていうか、なんでそんなに別れたがるわけ? もしかして迷惑?」


 不意に風合瀬さんは不安げに眉を歪めた。


「迷惑っていうか……」

「色んな人に決闘を挑まれるのが嫌なの?」


「そりゃそうだよ」と言いかけて言葉を飲み込む。

 あれは彼女の日常だったのだ。

 僕と別れたと知れわたれば、またその日から色んな男に決闘を申し込まれてしまう。

 僕が付き合っている限り、少なくとも彼女は喧嘩を売られず安全である。


「決闘は別にいいよ」

「じゃあもしかして他に好きな女子がいるとか?」


 風合瀬さんはからかうようににやけている。


「い、いないよ、そんな人」

「じゃあそんなに別れたがらなくてもよくない?」

「それは、まあ……なんというか」

「もしかして純粋に私がタイプじゃないとか?」


 相変わらずにやけているけど、その表情は先程より強張っていた。

 いつも自信満々な彼女もこんな不安そうな顔をするのかとドキッとした。


「そ、そんなことない……と思う」

「なにそのビミョーな言い回しは! 自分のことでしょ。ちゃんと答えて」

「風合瀬さんは一般的に見てかわいいと思うよ」

「一般的な話なんてしてない。古林くんから見て私が可愛いか可愛くないか訊いてるの!」


 これは適当な言葉では誤魔化せなさそうな気配だ。


「どうなの?」

「か、かわいい、と思うよ」


 ボソッと答えると風合瀬さんは顔をボッと赤くする。

 きっと僕の顔も同じような色に違いない。


「じゃ、じゃあいいじゃん。付き合ってても」

「う、うん……」


 お互いうつ向き、数秒間無言になる。


「で、でも私、古林くんの弱点見つけたから。次戦うときは絶対勝つからね!」

「僕の弱点? なに?」

「は? 教えるわけないし」


 馬鹿にしたような顔で笑う。

 まあそりゃそうだ。

 わざわざ見つけた弱点を教えるバカはいない。

 ましてや彼女は僕を倒して恋人関係を解消したいと願っているのだから。


 それにしても僕の弱点とは一体なんなのだろう?

 自分では自分の欠点はなかなか分からない。

 風合瀬さんが何を仕掛けてくるが知らないが、気を引き締めなければならないだろう。




 ────────────────────



 ブラを見た上に別れ際にいちゃつくとは実にけしからん奴ですね!

 風合瀬さんにボコられることを祈りましょう!


 それにしても果たして古林くんの弱点とはなんなんでしょう?


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