第8話 権田先輩の挑戦

 今朝も色んな人にじろじろ見られながら登校する。

 しかし決闘を挑んでくる人はいなかった。

 恐らく風合瀬さんが色んなルールを決めてくれたおかげだろう。


「それを言うなら噂をすれば影でしょ!」という声が聞こえて振り向くと、風合瀬さんがイレナさんとなにやら盛り上がっていた。

 こんな騒ぎにした張本人なのに気楽なものだ。

 無視するのもアレなので会釈だけして通り過ぎる。

 イレナさんに肘で脇腹をつつかれ、風合瀬さんはむすっとした顔で会釈をしていた。


 教室に着くとみんなが集まってくる。


「古林! 今日の相手決まってるのかよ?」

「俺とやってくれよ!」

「いや俺だ!」


 こんなに人気者になったのは人生初だ。

 まあ全員喧嘩のお誘いなんだけれど……


「古林奏介って奴はいるかッ!!」


 怒鳴り声が聞こえ、みんなサァーッと僕の前から離れる。

 教室の入り口には三年の先輩である柔道部の権田さんが血走った目で立っていた。

 たしか柔道部のエースで大きな大会で優勝したこともある人だ。


 うわー……この人も風合瀬さんのファンたったのか。

 嫌だなぁ……


「僕ですけど」


 おずおずと手を上げると権田先輩はドスドスと近寄ってくる。


「貴様に決闘を申し込むっ! 昼休み、柔道場に来いっ!」


 周りの生徒たちがどよめく。

 面倒くさいことになったなぁ……



 四時間目終わり。

 これから権田先輩と決闘だというときに、風合瀬さんが僕の席にやって来た。


「ちょっと来て」

「あ、うん」


 二人で教室を出ると背後から「きゃー」と冷やかしの声が上がった。

 聞こえない降りをしているけど、風合瀬さんも顔を赤らめていた。


「権田先輩は本気で強いから。飯島くんの時みたいに舐めプしたら絶対やられるからね」

「それくらい見たら分かるよ」

「先輩も私と戦うときは遠慮してるだろうけど、古林くんには本気でかかってくるだろうし」

「だろうね……」


 あの血走った目を見れば彼の本気具合が伺える。

 あの場で刺されるのかと思ったほど、鬼気迫るものを感じた。


「なにが『だろうね』よ。余裕かまして怪我しても知らないからね」

「僕が負けたら権田先輩と付き合わなきゃいけないから嫌なんだろ?」

「そ、それもあるけど純粋に古林くんが心配なの」

「大丈夫だって。じゃ」


 風合瀬さんはムッと唇を尖らせていた。

 遅れたら更に権田先輩を怒らせてしまうので、僕はさっさと柔道場へと向かった。


「遅いっ!」


 既に到着していた権田先輩は僕を見るなり怒鳴る。


「すいません。ちょっと色々ありまして」

「言い訳するな! さっさも着替えろ!」


 権田先輩はポンッと柔道着を投げてきた。


「へ? これを着て戦うんですか?」

「当たり前だろ! ここは神聖な道場だぞ!」


 その神聖な道場で女の子を賭けた決闘をするのはどうなのだろうと思ったけど、指摘したら更にキレそうなので自重する。


 柔道部の誰かのものなのか、やけにブカブカだ。


「わっはっは! まるで七五三だな!」


 権田先輩が手を叩いて笑う。

 なにがそんなに面白いんだろう。

 というかそもそも七五三で柔道着を着る人なんていないだろう。


「僕は柔道なんて出来ませんよ?」

「ああ。なんでもいい。異種格闘戦だ」


 いつの間にか道場の外には沢山の人が集まっていた。

 『人目につかないところで決闘する』という風合瀬さんのルールがあるのでみんな少し離れて静かにしているが、全然隠れきれていない。


(本気で戦えば強いことがみんなにバレてしまう)


「どうした? 怖じ気づいたのか? そんな臆病者は風合瀬にふさわしくないぞ!」


 権田先輩はじりっとゆっくり近付いてくる。

 てっきり怒りに任せ、飛びかかってくるかと思っていたので意外だ。

 僕の見た目に油断して突撃してこない辺り、なかなか冷静だ。


 突撃してくれたら逃げるふりして攻撃出来るのだが、これでは難しい。


「来ないならこちらから行くぞ!」


 権田先輩は素早く僕の胴着の胸元を掴む。

 さすが柔道部のエースというだけあってすごい力だ。

 しかし力任せで柔軟さがない。


「ゆ、許してくださいっ」


 怯えるふりして両手で権田先輩の腕を掴み、手首をぐぎっと捻る。


「ぬあっ!?」


 まさか掴んだ手をほどかれるとは思っていなかったのだろう。権田先輩は驚いた顔をしていた。


「ごめんなさいっ!」


 大きく頭を下げ、顔を上げるタイミングで頭頂部を権田さんの顎にゴツンと当てた。


「んがっ!?」


 もろに入り、権田先輩はぐらりと揺れてその場に倒れた。


「おおーっ!」

「うわぁ! 古林、勝ちやがった!」

「マジかよ!?」

「すごい、古林くん!」

「てか謝ったら偶然当たっただけじゃね?」


 遠巻きに見ていたギャラリーがざわめき出す。

 権田先輩は軽い脳震盪を起こしたのか、倒れて動かない。

 さすがにやりすぎちゃったかな?


「だ、大丈夫ですか?」


 抱き起こすと「ううっ」と呻き、目を覚ます。


「すいませんでした。立ち上がれますか?」

「負けた男に情けをかけるなっ……」


 権田先輩は立ち上がり、よろよろとした足取りで道場を出ていく。

 ていうか着替えなくていいのか?


 騒ぎが大きくなる前に、僕も着替えてさっさと道場をあとにした。




 ────────────────────



 圧勝しても駄目、負けても駄目の局面。

 なんとか危機を脱した古林くんでした。

 きっと彼女さんもほっとひと安心でしょう!


 とはいえ権田先輩がこれで諦めてくれるとは思えない。

 これからも油断大敵です!

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