第6話 浅はかな作戦
「はぁ……」
僕は昨日、なんであんなことを言ってしまったのだろう……
タイムマシンがあったら早まるなと止めてあげたい。
今朝は学校につくまで既に十三回くらい屈強な男たちに睨み付けられている。
さすがにこんな貧弱な奴が風合瀬さんの彼氏のわけがないと半信半疑なのかまだ決闘は申し込まれていないけど、それも時間の問題だろう。
しかも
勝手なことをしたから相当怒っているのだろう。
一度深呼吸をしてから教室に入ると、みんなの視線が僕に集中し、一瞬の静寂が訪れる。
「お、おはよう……」
気まずさに耐えきれず挨拶をすると男女問わず一斉に僕のもとに群がってきた。
「古林くん、本当に奈月と付き合ってるの?」
「まさか古林、風合瀬を倒したのか!?」
「意外すぎぃ!」
「勉強で勝ったとか?」
矢継ぎ早に次々と訊かれ、答えるひまもない。
そんな中、飯島くんだけ嫉妬と怒りで笑顔が強張っていた。
「俺に腕相撲で勝ったからイキってるだけだよな?」
ふざける振りして思い切り背中を叩こうとしてくるので、その手首を掴んでぐりっと捻ってやる。
無駄に叩かれるのは嫌だ。
「ングッ!?」
彼は肩を押さえて悶えるが興奮しているが、沸き立っているみんなには気付かれなかった。
「付き合ってると言ったのは嘘だよ」
そう言おうと思った。しかしそう言ってしまうとまた風合瀬さんが狙われてしまう。
やはり僕が矢面に立ち、風合瀬さんを守ってやらなければいけないだろう。
そう決意したとき──
「おはよー……」
風合瀬さんが教室に入ってくると僕の周りに群がっていた人はみんなそちらへと移動していく。
「奈月、マジで古林くんと付き合ってるの!?」
「嘘だと言ってくれ、風合瀬さん!」
「彼氏ってことは奈月負けたってこと?」
風合瀬さんは押し寄せるみんなにうんざりした顔をしていた。
「いっぺんに喋らないで。古林くんと付き合っているっていうのは本当だから」
本人が認めたことで教室中がワッと沸き立つ。
歓喜、悲鳴が入り乱れていた。
「付き合ってるってことは奈月が負けたってことだよね?」
風合瀬さんの親友であるイレナさんが訊ねる。東欧の母と日本人の父を持つ彼女は金髪碧眼で風合瀬さんと並ぶ美少女で名高い。
「まぁ……うん。油断してたから……」
「奈月が負けるなんて信じられない! びっくり!」
イレナさんをはじめ、みんながどよめく。
風合瀬さんは屈辱に堪えるように顔を赤くしていた。
「たまたまだから! 実力で負けたわけじゃないし!」
そう言い訳する風合瀬さんを見て、閃いた。
そうだ。たまたま勝ったことにすればいいんだ!
これから戦いを挑まれても偶然勝ったように見せかければいい。
下手に強いと思われると際限なく敵はやってくるし、凶器を持ち込まれるかもしれない。
そうならないよう、弱そうに見せかけて偶然を装って勝とう!
「大変なことになっちゃったね。大丈夫?」
親友の伊坂くんが心配そうに話し掛けてくる。
「参ったよね……ははは……っていうか付き合ってるの隠しててごめん」
「そんなこと気にしないでよ。それよりヤバい人たちに喧嘩売られるんじゃない? 先生とか、場合によっては警察に言った方がいいよ」
「うん。ありがとう」
警察というのは僕も考えた。
しかしいくら被害者とはいえあまり警察沙汰にしたくはなかった。
たびたび警察が頼っていたら僕も問題視されるかもしれないからだ。
さっそくガラの悪い連中に立て続けに決闘を申し込まれると思っていたが、驚くほどそういった動きはなかった。
その理由はほどなく分かった。
どうやら以前伊坂くんにお金を借りていたやんちゃな先輩とのやり取りが影響しているらしい。
あの噂は意外とヤンキーたちの間で話題になっていたようだ。
あのとき伊坂くんや僕に復讐したらもっと酷いことになりますよ、と説明していたのが効いているようだった。
これも伊坂くんのお陰だ。
感謝しなくてはいけない。
とはいえ風合瀬さんを狙っているのはヤンキーたちだけではない。
掃除の時間。
ついにその時はやってきた。
「おい、古林。俺と勝負しろよ」
ほうきを剣に見立てたように僕に向け、飯島くんが勝負を挑んできた。
「か、勘弁してよ」
怯えたふりをすると、僕が弱いと判断したのかほうきを振りかざして向かってきた。
なに、こいつ?
武器使うつもり?
「死ねぇ、古林っ」
顔がマジだ……
一瞬カウンターで顎に掌底でも撃ち込んでやろうと思ったけれど自重する。
あくまで偶然に勝ったように見せかけなければ……
ふざけているのかと思うほど振りかぶったほうきは、軌道まる分かりだし勢いもない。
転んだ振りして避けて、倒れる瞬間に太ももをバスッと蹴る。
「いっ……ってぇええっ!」
飯島くんは太ももを押さえて蹲る。
みんな僕が蹴ったことにも気付かず、「飯島だせぇ!」とか「自爆してんな!」と爆笑していた。
風合瀬さんを除いて。
風合瀬さんだけは僕の蹴りを見逃していなかったようで、冷静に分析するかのような鋭い視線を向けていた。
まぁ風合瀬さんは放っておくとして、作戦は成功だ。
みんな僕が強いとは思っていない。
しかし──
「これなら俺でも勝てるんじゃね?」
他の男子数名が腕まくりをする。
よく考えたら弱いと思われたら更に勝負を挑まれる。
その考えがすっぽり抜け落ちていた。
「い、一日一人にしてよ!」
僕は逃げるように教室を飛び出し、そのまま学校を出て家に逃げ帰った。
────────────────────
いきなりみんなから狙われることになってしまった古林くん。
美少女の彼氏も楽じゃない。
まあどうせ全員返り討ちですけれど。
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