第3話 風合瀬さんの妄想
~ワンパン姫side~
第二理科室を出てからもまだ心臓のドキドキは続いていた。
(まさか私のはじめての彼氏が古林くんだなんて……)
昨日までは全く想像もしていなかった相手だ。
『彼女になってあげる』と言ったときのキョトンとした顔を思い出して、また鼓動が早くなる。
まるで女の子みたいな、柔和であどけなくて、こっちが守ってあげげたくなるような儚げな顔立ち。
筋肉も目立たず、背もそれほど高くない。
正直、古林くんのことはこれまでもちょっと小動物的で可愛いなと思ったことはあった。
ほとんど話したことはなかったけど、たまに意識して見てしまうことも。
目が合うとスッと視線を外す仕草もなんだか可愛らしかった。
でもまさか古林くんに負けて付き合うことになるなんて、夢にも思っていなかった。
(昨日のアレはまぐれだったって可能性もあるし。すぐにリベンジマッチをして倒してやるから)
いつまでもドキドキとうるさい心臓を叱るように頬をパンパンッと叩いて気合いを入れ直した。
クラス内での古林くんの様子はいたって静かで平和的だ。
授業は真面目に受けるし、みんなで会話しているときは輪の端っこで静かに聞いていたし、掃除も手を抜かない。
気が付けばいつの間にか視線は彼を追いかけてしまっていた。
(そういえば恋人同士ってことは、帰りも一緒に帰ったりするのかな?
それでカラオケとか行っちゃって、二人きりの密室でキスとかして……
店員さんに見つかるからダメって言ってるのに、古林くんは私のスカートの中に手を入れてきて……それで……)
そんな妄想をしていると、体温が上がってくるのを感じた。
触れられてないのに、なんだか下腹部に違和感を覚える。
妄想の中の古林くんは更に大胆になっていく。
(ちょっと、ダメだってば。こんなとこで……へ、変態っ……外から見られちゃうってばっ!)
「どーしたの奈月、ボーッとして」
「ひゃっ!? イレナ、脅かさないで!」
「ワンパン姫様なのに背後がガラ空きだったよー」
「その呼び方、やめてよね」
イレナは私の親友の女の子だ。
日本人のお母さんとと東欧人のお父さんのミックス美少女である。
しかしその美貌に似つかわしくないほど陽気で明るく、一緒にいて気を遣わない素敵な子だ。
「ね、ねえイレナ。やっぱ彼氏がいたら一緒に帰るものなの?」
「なになになに!? ついに奈月に彼氏!?」
「ち、ちちち違うから。たとえばの話!」
「そーだなぁー」
彼女は腕を組み、難しい顔をした。
「普通はそうだろうけど、奈月の場合はどうかなー」
「なによ、その言い方」
「いや、馬鹿にしてるんじゃなくてさ。ほら、奈月の場合、色んな男が勝負を挑んでくるんけじゃない? もし彼氏が出来たら奈月じゃなくてその彼氏を倒せば自分が彼氏になれるとか思われるんじゃないかなーって」
「そんなわけない! あくまで私を倒したら彼氏ってルールだから! っていうかそもそもそんなルール作った覚えもないんだけど」
全力で否定するとイレナは困ったような笑顔で頷く。
「そうなんだろうけど、バカな男の中には彼氏を狙う奴も出てくると思うんだよね」
「それはっ……まあ、そうかも……」
「ごめんね、脅すようなこと言っちゃって」
「ううん。そんなことない。ありがと」
こういう歯に衣着せない物言いをしてくれるのがイレナのいいところだ。
やはり古林くんを誘うのはやめて一人で帰ることとする。
エッチなことをされても困るし。
一応一緒に帰れないってことを伝えておこうかと思ったけれど、既に古林くんは教室を出て帰ってしまったあとだった。
向こうははじめから一緒に帰ろうなんて考えてなかったのだろう。
こっちはこんなにドキドキして悩んでいたのに、なんだかちょっと腹立たしい。
釈然としない気分でひとりで駅に向かって帰っていると──
「
柔道部の権田先輩が私の前に立ちはだかった。
古林くんとは真逆の、でっかくて勇ましいゴリゴリの男子。
ってなんで古林くんと比較しなきゃいけないわけ?
自分の思考にイラッとする。
「なにポーッとしてるんだ。行くぞ、風合瀬! 愛してるっ!」
ドゴッ……!
いつもなら少し手加減するけれど、今日はなんだかむしゃくしゃしてつい本気でみぞおちにパンチを打ち込んでしまった。
「ううっ……」
「わ、ごめん。痛かった?」
「なんのこれしき……」
強がっているが立ち上がれない。
「病院行く?」
「ば、バカいうな。なんてことない」
権田先輩はよろよろしながら学校の方へと歩いていった。
今から部活なのだろうか?
相変わらず無茶なことをする人だ。
帰宅すると古林くんからメッセージが届いていた。
『今日はありがとう。驚いたけど、これからもよろしく』
まるまるっとデザインされた犬のイラストがお辞儀するスタンプを添えて送られていた。
「女子かよ! っとにもう!」
『なんで黙って先に帰ったわけ?』と書いて送信する前に全部消す。
これじゃ私が一緒に帰りたがってたみたいだし、それになんだか語気が強すぎる。
『こちらこそありがとう』
何度も書き直しをしてようやく完成した文章がこれだった。
「文才も女子力もゼロかよ、私」
逡巡したのち、惚けた顔した熊が『ありがとう』というプラカードを持ったスタンプを送信する。
刺々しさをまろやかにするための苦肉の策だ。
『そのスタンプかわいい!』
ソッコーで返信が来た……
ていうかリアクションが女子。
目をキラキラさせている古林くんが頭に浮かんだ。
本当にこれが百戦錬磨の私を倒した男子なのだろうか?
『反応が乙女すぎる。ウケる』
なんだか笑えてきて、そこからはメッセージによる会話が弾んだ。
おかげで古林くんの趣味なども色々と知れた。
まあ好きな漫画とか好きな動画とか、どうでもいい情報ばかりだけれど。
意外と趣味が合うということもわかった。
『いきなり彼女っていうのは無理だけど、これからも色々と風合瀬さんのことを知っていきたいなって思う』
『は?なに言ってんの?私に勝った時点で彼氏だから。勝ち逃げは許さないよ?』
『勝ち逃げって…普通の恋人の会話じゃないからね、それ』
あくまで私と恋人というのは否定したいらしい。
往生際が悪い。
ふと顔を上げると鏡に映る私の顔が見えた。
(え? なにこれ? こんなににやけてたの?)
気付かないうちにずいぶんとにやけてしまっていたようだ。
これじゃまるで恋する乙女じゃない!
私は負けたから仕方なく古林くんと付き合ってるんだから!
頬をピシャピシャと叩いて顔を引き締めた。
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風合瀬さんはやや妄想が過ぎる女の子です。
エッチな経験がないくせに片寄った情報を元に脳内が暴走するタイプとなっております。
本当は普通の恋愛に憧れているというピュアな乙女的一面も持っているようです。
タイトルが素っ気なかったのでちょっと変えてみました!
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