第2話 ……付き合ってあげる

 ~貧弱な古林くんside~


「はい、伊坂くん。これ二万八千円」


 朝一番にお金を渡すと伊坂くんは目を丸くして驚いた。


「なにこれ!? なんのお金!?」

「例の不良が伊坂くんから借りていたお金だよ。ちゃんと返すって渡してきた」

「嘘でしょ!?」

「本当だってば。ずっと借りっぱなしでごめんなさいって反省していたよ」


 地面に這いつくばって、というシチュエーションは割愛しておく。


「そうなんだ。借りているって感覚だったんだね。カツアゲされてるなんて失礼なこと思っちゃってた。謝ってくるよ」

「あ、いや。今日は休みだと思うよ。たぶん病院だと思うから」

「えっ!? 風邪でも引いたの?」


 そのとき教室に風合瀬かそせさんがやってきたので伊坂くんに断ってから駆け寄る。

 昨日のことを謝らなくてはいけない。


「おはよう、風合瀬さん。昨日は本当にごめ──」

「ッッ!」


 謝ろうとすると慌てて口を塞がれ、シーッとジェスチャーされる。


「昼休み、第二理科室に来て」

「え? あ、うん」


 耳許でボソボソっと言われて、くすぐったさでゾワッとした。


 女の子に暴力を振るったなんて知れたら僕が非難される。

 そんな気遣いなんだろう。

 被害者なのに相手を気遣えるなんて、風合瀬さんはとても出来た人間である。


 これまであまり意識したことなかったけど、風合瀬さんの周りには男女問わずたくさんの人が集まっていた。

 パッチリとした目やサラサラの長い髪、キリッとした口許。

 男子から人気があるのも頷ける。



 昼休み、第二理科室に行くと既に風合瀬さんは中で待ってくれていた。

 僕の顔を見るなり、顔を赤くして視線を斜め下に落としてしまう。

 やはり昨日のことを怒っているのだろう。


「昨日は──」

「なんで古林くんはあんなに強いわけ?」


 僕の謝罪を遮るように風合瀬さんは問い掛けてきた。


「つ、強くなんてないよ。たまたまだって」

「ウソつかなくていいから。私、男子に負けたのはじめてだった。古林くんがただ者じゃないことくらいわかるの」


 嘘やごまかしは通じない。

 彼女の強い瞳がそう言っていた。


「実はうちのおじいちゃんがヘンテコな古武術をやってて。我が家は代々それを受け継がなきゃいけないらしくてさ。それで子どもの頃から訓練させられていたんだ」

「へぇ。それでなんだ。不思議な動きだったし、なにを習ってるのかなって気になったの」

「風合瀬さんは空手? それともムエタイかな? 身体の使い方がすごかったよね。ビックリしたよ。可愛い顔してすごい強さだよね」

「か、可愛いとかっ……そういうのいいからっ」


 風合瀬さんは顔を真っ赤にしてうつ向いてしまう。


「あ、ごめん……」


 相手の容姿について語るなんて軽率すぎた。


「別に、いいけど……」


 そう言ってから風合瀬さんは勢いよく顔を上げ、睨むように鋭い目を僕に向けてきた。


「……いいよ。付き合ってあげる」

「ん? なんのこと?」

「だ、だからぁ! そのっ……えっと……」

「?」


 なにやらモジモジしてうつ向いたり、僕の顔をチラッと見たりと忙しそうだ。


「ていうか、私に言わせるの!?」

「はっきり言ってくれないとわからないってば」

「だから! 彼女になってあげるって言ってるの! 女の子に言わせないでよ! バカ!」

「え……彼女?」


 風合瀬さんはムッとした顔で頷く。


「それって、つまり……風合瀬さんと僕が付き合うってこと?」

「だからそう言ってるでしょ! しつこい!」

「ご、ごめん」


 風合瀬さんは照れまくり、顔を真っ赤にしている。

 普段見ない表情が新鮮で、こっちもドキドキしてしまった。

 なにがなんだかさっぱりわからないけど、生まれてはじめての彼女が出来た、らしいです……


「いきなり付き合うって言われても……風合瀬さんのこと、全然知らないし」

「そんなことこれから知っていけばいいでしょ。そもそも付き合ってる人たちって全員相手のことをよく知ってる訳じゃないでしょ」

「そりゃそうかもしれないけど……でもなんで突然僕なんかと付き合おうって思ったの?」


 当然の疑問をぶつけただけなのに、風合瀬さんはキョトンとした顔になる。


「なんでって……私に勝ったからに決まってるでしょ?」

「そんな理由で!?」


 男子が女子を喧嘩で倒して付き合うなんて聞いたことがない。

 獣同士でもカップルになるときはもう少しロマンチックな展開だと思う。


「……もしかして知らないの? 知らない振りしてるだけなんじゃないの?」

「本当になんのこと?」

「だから。私が『自分を倒した相手の彼女になる』っていう話。私が影で『ワンパン姫』とか言われてるのくらい知ってるでしょ?」

「ワンパンヒメ……? いいや。聞いたことない」


 首を横に振ると彼女はビックリした顔になる。


「と、とにかく自分で決めたルールを破りたくないから、私は今日から古林くんの彼女なの」

「そんな、めちゃくちゃな……」

「でも油断しないで。リベンジマッチをして私が勝ったら別れるから」

「は、はぁ……」


 恐らくそんなルールで付き合うカップルなんて世界初だろう。

 少なくとも僕が思っていた甘くて爽やかで少し切ない高校生同士の恋愛とはかけ離れていた。


「あ、それと付き合ってることは内緒だから。教室とかでもあんまり話し掛けてこないでね」

「友達にも話しちゃ駄目なの? 親友に隠し事するのとか苦手なんだけど」

「まあ口が固い親友一人や二人ならいいけど」

「わかった。ありがとう」

「じゃ、そういうことで」


 事務的に連絡先の交換をしたあと、風合瀬さんは第二理科室を出ていく。

 こうして僕と風合瀬さんの交際はスタートした、らしい。



 ────────────────────


 公開初日からたくさんの人に読んでいただき、誠にありがとうございます!

 いきなり彼女が出来て戸惑う古林くん。

 そして交際初日にリベンジ宣言をされてしまう。

 果たして古林くんの青春はどうなってしまうのか!?


 次回風合瀬さんの妄想が暴走します!

 お楽しみに!


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