婚約破棄と魔法銃

吉武 止少

第1話

 ヴィッテンヘルム魔法学院の卒業パーティー。

 貴族の子どもたちが集い、研鑽し、領地に帰ったり嫁ぐ前の最後の行事でそれは起こりました。

 私の婚約者でもあり、この国の第二王子でもあるリヒト様が「みなに聞いて欲しいことがある」と、パーティーの進行を止めたのです。

 リヒト様の横にはリース・リズリア子爵令嬢が佇んでいることもあり、「ついに来たか」と私も腹を括ります。


「アリア・バルトシュタイン公爵令嬢! お前みたいな人間と家庭を築くなど怖気が走る! 今このときをもって貴様との婚約を――」


 パンッ。

 乾いた破裂音が彼のバカみたいな演説を遮ります。

 ぎょっとした表情で固まったリヒト様の右耳に、こすれたような小さな傷がついたのが見えました。

 理由は単純。

 私がもってきた魔法銃を、彼の耳を掠める照準で撃ったのです。

 そのまま歩み寄り、リヒト様の顎の下に魔法銃の銃口を突きつけます。


「あ、アリア!?」

「お黙りなさい。無駄に囀ると引鉄を引いてしまうかも知れなくてよ?」

「き、貴様、何を――」


 演説をしていた時とはうってかわって真っ青な顔になったリヒト様が遠慮がちに訊ねます。

 うん、リヒト様にしては良い着眼点ですね。


「何って、私がついこの間完成させた最新作、六連装填式の魔法短銃ですわ! このサイズなのに魔法の装填数は六! しかも、別々の魔法を装填できるという優れもの! それに、殿下ご自身が経験した通り、弾道も非常に正確な銘銃です! 銃の歴史を変えますわよ!」

「いや、そういうことを聞いているんじゃなくて――」

「ちなみに中級魔法まで装填できるので、私が引鉄を引いたら殿下の頭はザクロみたいに弾けますわ」

「怖ェよ!?」


 リヒト殿下が叫びました。

 うん、大きな声が出せるくらい元気になったし、話の続きをしましょう。


「さて。何か言おうとしてましたけれど、続きを仰ってくださいな」


 ただし、と付け加えると銃口を彼の顎にちょこんとくっつけて存在をアピールしてさしあげました。


「わたくし、か弱い子女ですのでショックなことがあったら指が震えてしまうかもしれません」

「お、脅しじゃないかっ!?」

「もし引かれたら殿下の頭は夏の夜空に咲く花火のようにみなのパーティーの記憶を彩るでしょう」

「詩的な言い方しても私の頭部が爆散するだけなのは誤魔化せてないからなっ!?」


 ちなみに中級魔法が入っているというのは嘘です。

 いかにみなが浮かれる卒業パーティーとはいえ、貴族の子弟が集まるこの場にまともな武器を持ち込むことなどできません。

 この銃だって我がバルトシュタイン公爵家の名をもってしても一七の申請わいろ相談きょうはくによって、ようやく持ち込めるようになったのです。

 装填されているのは下級魔法なので殿下の頭も柘榴みたいになったりはせず、せいぜい風通しが良くなるくらいでしょう。

 カビが生えていそうなリヒト様の脳は、少し風通しが良くなった方が良いかもしれませんが。

 もともと、殿下が子爵令嬢に入れあげているという噂は耳にしていました。

 身分的に結ばれることはないだろうと思っていたし、万が一にでもシャイボーイな彼が側室を迎え入れたいと頭を下げてきたら、少々体の風通しを良くするくらいでOKするつもりではいたのです。

 下級魔法の二、三発で真実の愛を貫けるのならばきっと殿下も満足でしょうし、リズリア子爵令嬢も体を張った殿下に惚れ直すことでしょう。ついでに私も良い感じに試射ができて全方位にWIN-WINとなるはずでした。

 にも関わらず、彼はこの茶番劇を企画したのです。

 一言で言えば、私は今、おこです。

 とはいっても奥ゆかしく華も恥じらう私が『おこですわ』なんて言えるわけがありません。恥ずかしすぎます。

 なので、いじらしくも無言のアピールをするために魔法銃を持ち込んだのです。


「いいかアリア! 俺はもううんざりなんだ! 何でそこまで人の嫌がることをしたがるッ!? 何かあるとすぐに刃物や魔法銃を持ち出してきやがって!」

「何を言っていますの、殿下。別に嫌がることをしているわけでもなんでもなく、単純に発明した魔道具やら魔法銃の実験台にしてるだけですわよ? 確かに嫌がってる姿はちょっと見ていて楽しいですけども」

「タチ悪ぃよ! っていうか何で恥ずかしがってモジモジしてるんだよ!?」

「ほら、だって、『好きすぎてイジメちゃう』なんて、小さな子供のような行動ですし……」

「小さな子供は魔法銃ぶっ放したり池に飛び込ませたり魔剣を突きつけたりしねぇよ!」

「つまり、私たちは大人な関係……? もう、いくら婚約者と言えどもこんな耳目がある中で破廉恥ですわよ?」

「くああああああ!? イカれてんのか!? イカれてるんだな!?」


 バリバリと頭を掻きむしり始めた殿下が可愛いので思わず笑ってしまったけれど、分からないはずないでしょうに。

 ストレスがマッハな殿下を庇うためか、リズリア子爵令嬢がつつ、と前に出た。

 華奢な身体は庇護欲をそそるし、大きな胸は多くの男性が好きなものだと言う。

 うん。私じゃ絶対太刀打ちできないサイズだ。何食べたらあんなに大きくなるんだろう。っていうか中に何が入ってるんだろうか。

 歩くだけでたゆんと揺れるのは見ていて圧巻である。

 あと適度に柔らかそうだし殴ったら気持ちよさそうでもある。


「な、なんですの!? 人の身体をじろじろと見回して!」

「いや、ストレス発散に殴りたいなと思って」

「さ、サイコパスですか貴女は!?」


 何故かドン引きされた。


「ああ、大丈夫です。我慢しますので」

「当たり前ですよ!?」

「殿下の側妃辺りになったらほぼイコール私のものなのでサンドバッグ代わりに好き放題できると思ったんですけども」

「だからサイコパスですかッ!?」


 サンドバックに丁度良さそうな胸が怒声に合わせてたゆんたゆんする。

 うん、殴ったら絶対気持ちいいだろうな。


「サン――リズリアさん。何か仰りたいことがあったのでは?」


 私の問いかけに、彼女はハッと胸を揺らす。


「そ、そうですわ! 殿下に対する悪行の数々! 王族どころか貴族として相応しくありません! 貴方にまともな感覚が少しでも残っているのなら、すぐ謝罪して悔い改めなさい!」


 びしりと指を突きつけてきたサンドバ――リズリア子爵令嬢。


「何をおっしゃるかと思えば……私の言動は、全てリヒト殿下が望まれたものですよ?」

「う、嘘を吐くな! そんなことを望んだ覚えはないぞ!?」


 たじろぐリヒト殿下だけれど、私は嘘なんて吐いていないので思い出させてあげよう。


「蝶よ花よと育てられ、何も知らなかった私と殿下が初めてお会いしたのは四歳の頃でしたわね」

「……そうだな」

「そこで殿下がはじめに仰ったことを覚えておられませんか?」

「……………………………………………………」


 沈黙。

 やや視線を逸らしたところを見ると、きっと覚えておりますわね。


「覚えたてのカーテシーをした私を見て、殿下は鼻を鳴らして、こう仰いました」


 ――が俺の婚約者か。普通過ぎてつまらん。

 ――そもそもこんな弱そうなのに、俺の婚約者が務まるのか?


「ですから、普通じゃなくなり、強くなろうと努力してきましたの」


 私の説明にリヒト殿下はバツの悪そうな顔をしていますが、代わりにサンドバッグ子爵令嬢が噛みついてきました。


「り、リヒト様は幼少期から暗殺の危険に身を晒されてきたんです! 言い方は不器用かも知れませんが、貴方の身を案じてのセリフなんですよ!?」

「ええ、ですから暗殺者を返り討ちにできる装備の開発や、普通とは思えないような言動を」

「方向性がズレてるだろっ?!」

「え……でも殿下は今までダメって仰いませんでしたし、こういうのが好きなのかと」

「俺が何か言おうとするたびに魔法銃やら刃物取り出してきて意見を封殺したのは誰だよ!?」

「私ですよ……? 本人を前にして誰がやったのか忘れるなんて、もしかして痴呆ですか?」

「ああああああ! ああ言えばこう言いやがる!」


 殿下は頭を激しく掻きむしると、血走った目で私を睨みつけました。


「とにかく! もう俺はお前なんてうんざりなんだ! 婚約を破棄する! 良いな!?」

「そんな……ではサンドバッ――おほん。リズリア子爵令嬢と仲良くなれないではないですか!」

「今サンドバッグって言おうとしましたわね!? 隠し切れてませんからね?!」


 なぜかサンドバッグ子爵令嬢が興奮し始めた辺りで、リヒト殿下のお父様である国王陛下と、宰相職を務めている我が父が人混みを割りながら入ってきました。


「何の騒ぎだ」

「お父様! 聞いてください。リヒト殿下が私からサンドバッグを取り上げようとするのです!」

「何の話だァ?!」

「隠す気すらなくしてるじゃないですか!? サンドバッグではありませんッ!」


 お父様と陛下は周囲の人達にあらましを説明させたところで重々しく頷きました。


「リヒト……結論から言えば、そなたとアリア嬢の婚約破棄は認めぬ」

「な、何故ですか父上?!」

「数多の魔剣に魔法銃。彼女の発明は我が王国の軍備を一変させ、いくつもの戦を勝利へと導いた。その功労者を無碍にできるはずなかろう」

「で、ですが」

「それにな」


 威厳たっぷりにもっともらしいことを言っていた陛下は、ポンとリヒト様の両肩に手を置きました。


がフリーになったらどこで何が起こるかわからないだろ? リヒト、お前を餌に管理しないと、この王国が滅ぶぞ?」


 失礼ですわね。

 滅ばない程度に抑えますのに。


「恐れながら陛下。リヒト様は私ではなく、サンドバッグ子爵令嬢と恋仲にあります」

「……ほう?」

「お待ちなさいッ!?!? 誰がサンドバッグですか!?」

「貴女ですよ? 唯一の特技を忘れちゃうなんて……どうしちゃったんですか」

「特技だった覚えなんてありませんッ! そもそも私はサンドバッグなんて名前じゃありません!」

「あ、陛下。この魔法銃新作です。このサイズで六連。しかも中級魔法まで装填可能です。これ作った褒章に、彼女の苗字をサンドバッグにしてもらえませんか?」

「これは……! まさか、こんな革新的な……! ううむ……仕方ない、認めよう」

「陛下?!」


 信じられないものを見たかのような目つきのリズリ――おっと、サンドバッグ子爵令嬢ですが、陛下が決めた以上はもう覆りません。


「さて、話を戻しますが、そこのサンドバック子爵令嬢と殿下は恋仲にあります。愛する二人を引き裂くのは私としてもさすがに心苦しいです」

「あ、アリア! 分かってくれ――」


「――なので二人とも下さい」


「てるわけねぇよなチクショウ! 分かってたよクソがッ!」


 何かショックなことでもあったのかリヒト様がへたり込んで呟きました。


「もうだめだ……終わりだ……絶望だ……!」


 何だかとってもショックな様子だったので、彼の肩を叩いて元気づけてあげます。


「大丈夫! 愛するサンドバッグさんと一緒ならきっと乗り越えられますわ! それに私もついていますもの!」

「それが一番の問題なんだろうがァ!!!!!」


 うん、怒鳴れるくらい元気になったし、良かった良かった。


 この後ストレス性胃潰瘍を発症してリヒト様をイジメられなくなってしまったので、サンドバッグ子爵令嬢を囮にしつつ秘境や魔境で素材集めをして万病に効く霊薬エリクサーを開発することになるのだけれど、それはまた別のお話。

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