10話 「一時解散」


「あんた、最低……。普通、初対面の人間の前で吐く?」

「お互い様だろ。お前が近づいてこなきゃよかったんだ」

「止めなきゃあんた、バカな真似したでしょ」

「……仕方ないだろ」

「シルヴィアが死んだらあたしも困るの。せっかく出世できるんだから」


(俺が殺そうとした奴は、そんな名前だったのか)

 

 汚れたまま、肩を貸して歩み続ける。


「あの女、シルヴィア?を信用できるか分からない……。なんでお前は、自分を傷つけた相手をそんな簡単に信じられるんだ」

「命を懸けたから。そして、あたしはまだ生きてる」

「……」


 確かに、俺もまだ生きている。

 あれだけの力を持っているなら、煮るなり焼くなり好きに出来たはずだ。

 でもなんでだ?


「あんたこそ、殺す殺すって……。よくそんな身の振り方で今まで生きてこられたね」

「普段からこんな風じゃない。ただ俺の能力を知った奴は、俺を殺そうとするか捕まえるかしかしなかった。全員敵だ、そんな奴らクソ喰らえって思っただけだ」

すさんでるねー」


 ティナは呆れたように、へらへらと笑った。


「ずっと隠れてたからな、大目に見ろよ。お前こそ、俺が嫌じゃないのかよ。厄災なんだろ?」

「確かに、7年前だったら突き出したかも。まぁ、実際に能力を見た時は驚いたけどね」

「7年前?今と何が違うんだ?」

「吐いたことを謝ったら教えてあげるよ?」

「ったく、どいつもこいつも。……でも初めてだ。こんな感じは」 

「だからと言って、大手を振って通りを歩くのはお勧めしないよ」

「そうだよな……」


 こちらの警戒とは裏腹に、ティナはあまり興味を示さなかった。

 

 (信じてみるのも、悪くないかもしれないな)


 ―――


 ――


 ―


 それから暫く歩くと大通りに出た。

 時折、通行人があっちへこっちへと歩いていたが案外静かだった。






「……貴方達、汚いわ」


 (開口一番にそれかよ……)


「こいつがゲロッたの!あたしのせいじゃない!悪いのはこいつ」

「お前もだろ、見ろよ俺の左足。こいつはお前のだ」

「はぁ!?下等級がよくそんなこと言えるねぇ!」

「自分の等級なんて知らねぇよ。ていうか、口をゆすいでから喋れよ。臭ぇから」

「なっ!女性に向かって……!シルヴィア!やっぱりこいつは突き出した方がいい!」


「静かにして頂戴……」


 シルヴィアは頭を悩ませながら、額に手をやる。


「シルヴィアさんの言う通り、人目を引かない方がいいですよ?まだ指輪を探している冒険者はいますから。それで、これからどうしますか?」


 濡れた布を目に当てながらロミが答える。

 

「ロミはティナを連れて診療所へ。指輪は私が預かるわ」

「ティナ?あぁ、彼女ですね。分かりました、シルヴィアさんは?」

「私にはまだ、やることがあるの」

「それなら指輪は私が持っていたほうがよいのでは?事務所へ戻りますし……」

「いいえ。戦闘向きではない貴方達より、余力のある私の方が安全よ」

「了解しました」


 シルヴィアはロミから指輪を受け取った。

 

 相も変わらず美しいそれが、俺をここまで連れてきた。

 感謝すべきか、恨むべきか…


(あの指輪、結局なんだったんだ?)


 気になったが、これ以上何かに巻き込まれたくなかった。


「遅かれ早かれ、私達が指輪を確保したことはバレる。迅速に行動しましょう」

「はい!」


 ロミは駆け足でティナの肩を組む。


「ティナさんですね。早速行きましょう」

「はぁ~、ようやくまともな人間の肩が借りられる」


 まるで当てつけのように、ティナはこちらに向かって喋りかける。


「……うるせぇな」


 肩を組ませろっていったのはお前だろ。

 確かに俺も悪かったけどさ……


「それでティナさん……」

「ん?なに?」

「その……肩を貸す間は口数を少なくしてください……。えっと……臭いが……」

「っ!!!!!!あんたら全員殺してやる!!」


 そう喚き散らかす彼女を連れて、いそいそと大通りの向こうへと消えていった。




「で、俺は用済みでいいか?知っての通り、俺も怪我人だからさ。休みたいんだけど」

「貴方は私と来てもらうわ」

「まじかよ……。一体どこへ向かうんだ?」

指輪これを持っていた男の場所よ」


(あー、確かにそんなことを言ったな……)


「まさかその話本気で信じてんのか」

「えぇ、もちろん」

「別にいいけど、なんでだ?」

「ロミが能力でずっと見ていたの。貴方が壁に居た男の死体から持ち去ったのをね。でなければ、あの時すぐに信じていないわ」


 知っててあの時、俺に質問したのか?

 わざわざ脅してまで?


「初めから知ってたのか……」

「彼女は優秀だから」


(能力者って怖いな……)


 見上げると、日は徐々に暮れ始めていた。


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