9話 「一幕の終結」
「その必要はないわ」
あと少し、ほんの少しだった。
握るだけだった。消えてくれと願いながら、この手を閉じるだけだったのに。
不意に意思を揺るがすその声が、俺を一歩躊躇させた。
「っ!!新手!?」
ダッシュは驚くように振り返る。
女が2人。声の持ち主の肩を借りる方は顔色が悪い…
(勝ったのか……それも生かしたまま。共倒れを期待したのにな)
「いつからそこに……?」
「貴方が悪あがきをする時くらいからかしら」
女は淡々と答える。
「こいつ、お前が殺されそうっていうのに止めなかったんだよ?人の体に穴も開けるしさ~」
ティナが
「人を指さすのは失礼よ」
シルヴィアは支える腕に力を入れ、少し彼女を揺さぶった。
「痛ッ…いって!!本当のことじゃんか!!あたしはあんたの事務所に入るんだろー!?仕事ができなくなるよ!いいの!?」
「声を荒げないで。耳が痛いわ」
じゃれ合う2人とは対照的に、ダッシュは思考を巡らせる。
ずっと居たのか…ここに?
ということは、能力を見られた?
あの男だけじゃない、こいつらにも。
……見られたんだ。
『……厄災、お前は直に死ぬぞ』
あの男……そういう意味か。
この女にバレた……。厄介だ、ものすごく……厄介だ。
(―――あぁ…、消す人間はあの男だけじゃ足りない)
能力が判明したあの日から、正体がバレたらどうなるか身をもって知っている。
いつだって、解けない縄が俺の首に括られていた。
(状況は最悪だ。連戦な上、相手はさっきよりも格段に強い。おまけに手負いとはいえ、相手は2人だ)
でも……
殺るしかない、さっきと同じように。
今の俺には武器がある。新たに配られたカードが。
奪う力と奪った力で……!
―――こいつらを殺す
「随分と殺気立っているわね」
「ちょっ……待って!痛い!!」
シルヴィアはティナを放り投げるように貸した肩から外した。
「さっきは自力で立ったでしょ。甘えないで」
「おい仮面男!こんな女やっちまえ!!」
「……あぁ?お前らは随分
俺の衣服と同じように、体もまた、ボロボロだ。
だけど殺るんだ。もう、我慢はしない……。
この能力なら先手を取れる……はずだ。
ダッシュは女に左手を向けた。その腕は覚悟と同様ブレがない。
(3秒……時間を作る。そして……)
「言ったわよ。その必要はないと」
「黙れ……!口を動かしたり腕を動かしてみろ、殺す!」
「やってみなさい」
女の口が閉じるとともに、ダッシュは瞬きとともにグっと掌を握る。
(威力は充分……!)
粉々になる地面・巻き起こる粉塵・赤い……
(赤色はどこだ……血は……血はどこに)
捉えた女はいなかった。
「ちょっと!あたしを巻き込むなよ!!」
その場にそぐわない煩わしい怒声、そんな声が聞こえた。
「はやっ……い……!?」
「咄嗟に動けば……なんだったかしら?」
「なら……!」
押し寄せる感覚を肌で感じながら、のけ反る姿勢のまま一歩後退するダッシュ。
そのまま目の前の地面を見た。
すぐに発動すれば、大雑把に『粉砕』できる!この場ごと…!
―――遅かった
女はすでに眼前にいた。
ダッシュの左手を抑え、喉元には手が当てられた。
「まだやるの?私は汚れるような揉みあいはしたくないわ」
(呆気ねぇな……俺は。あんなに息巻いたのに。これが現実かぁ……)
能力を奪おうとも思ったが、マークの位置が分からないのだ。
疲れを知らない顔にも。こちらを抑えるその手にも。綺麗な細い首筋にも。
奪い取るには情報が無さすぎた。
「観念してくれて助かるわ」
「俺を……どうする気だ?」
「そうね……」
シルヴィアは下から上へと、男の仮面をゆっくりと取り外す。
そしてその顔をじっと見つめた。
彼女の澄んだ青い瞳が怖かった。
いや、彼女だけじゃない。向けられるもの、全てが怖い。
外された仮面が軽い音を立て、地面へ転がる。
「あの時と変わらない。また怯えた子犬のような顔をして……懐かしくすらあるわね」
「……お前……誰だよ?」
「右手をだして」
「断る」
「抵抗は無駄よ?」
女はスっと手を取り、そのマークを見つめた。
「私はこれを見たことがあるの。15年前にね」
「能力の……鑑定所のことか」
「その男の子は私の前を通り過ぎていった。まるで逃げるように」
「……実際、逃げてたからな。お前、そこに居たのかよ……」
「そうよ。そして、その子の右手にあるマークを私はまだ覚えてる」
「忘れる奴がいるかよ。こいつのせいで俺は……」
ダッシュは苦い顔をしたまま、女を睨んだ。
「知ってるわ。その後の都に起きたことは強烈だったもの」
そう言い終わると、女は俺の手を離した。
「殺すのか?それとも突き出すか?って、対して変わんねぇか……。どうせもう、さっきの男に逃げられた時点でお終いだ」
「隠れている間に随分と世間知らずになったのね」
「はぁ?どういう意味だ」
「指輪はどこ?」
「んなもん、俺にはもうどうでもいい。質問に答えろよ、どういう意味だ」
「今は安全とだけ答えるわ。詳しく聞きたいなら指輪を渡しなさい」
「ちっ……。ほらここに……ここに…あ?」
無かった。当たり前だろう。あれだけ動き回って吹き飛んで取っ組み合って。
無くさない方が無理だ。
「最低ね」
「だったら最初から持っておけばいいだろうがよ」
「はぁ……」
女は深い溜息をついた。
「まったく。また探さないといけな……」
「ここにありますよ!シルヴィアさん!」
ダッシュは声の方向をみる。
その女の目は、真っ赤に充血していた。
(またなんか出てきた……。もう1人2人殺すだけじゃ収拾つかねぇよ。)
「……ロミ、事務所を空けるなって私言ったわよね?」
冷たい表情のまま、シルヴィアはロミに向かっていった。
「いやぁ、ずっと見てたんですけど。なんかヤバそうな雰囲気だったのでつい…」
「私の指示を無視したわ。減給ね」
「そんなぁ!あの子たちの餌代が!私の旅行計画が!!」
「諦めるのね」
「なんでですかぁー!私は事態を予測して良かれと思って……!」
「冗談よ。ありがとう」
「ほっ……本当に!シルヴィアさんの冗談は冗談ぽくないから怖いんです!ってそんなことより……」
ロミはじっと路地裏にいる2人を見つめる。
「あちらの2人はどうするんですか?私、視界は傍受できても音は聞こえないんです」
「あなたたち、付いてきなさい」
シルヴィアはそういうと、ロミとともに路地裏から立ち去ろうとしていた。
(……なに一件落着って感じだしてんだよ)
ボロボロの手袋をはめ直し、落ちた仮面を拾いまた身に着ける。
そして……
性懲りもなく、ダッシュは左手を立ち去る2人に向けようとした。
「―――やめたほうがいいよぉ~?」
「うわっ!」
傷だらけの女が肩を組んできた。
「せっかく拾った命が可哀そうだよぉー?『厄災』さん?」
「っうるせぇよ。血が付くだろ離れろよ!つうかお前、敵だったんだろ?」
「状況が変わったの。私はティナ!せっかくだから肩貸してよねぇ、見ての通り重傷だからさっ」
「見た目の割りにはケロっとしてるけどな。俺もお前と同じ怪我人なんだけど……」
「なら怪我人同士、協力しなきゃねっ」
そういうとティナと呼ばれる女はにっこりと笑った。
その場にいた全員から敵意は感じない。
全て終わって危機は去った。とりあえずは、そう思っていいんだろう。
彼女の笑顔がより一層感じさせる。
長く続いた緊張が解け、全身の痛みがより実感できる。
俺の首を絞め続けた縄も、ほんの少し緩くなったような気がした。
そして……
「ウ”ォ”エ”ェェ」
「うわ!?汚ねぇ!せめて離れてからにしてよっ!!その仮面も外”せ”ぇ”!つけたまま吐くなよ!?」
「ガハッゴホッ」
「あたしまで…もらいっゥ”ッ!#$%"%%##%&&&"#……!」
2人して、溜まったものがあふれ出た。
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