11話 「死者との約束」

「ここだ。そして指輪を持ってたのがこいつ」


 スラム街。ダッシュの第2の故郷であるとともに、都の恥部でもあるだろう。


「……彼だったのね」


 そう言いながら、シルヴィアは男の傍で屈みこんだ。


「知り合いか?」


「知っているかと聞かれたら、そうね。でも、名前も知らない他人よ」


「こいつに家族とか友人はいるか?」


「残念だけど知らないわ」


「そうか……」


 この世界に葬式は無い。

 あまりにも多くの者が戦い傷つき死んだので、弔う者が足りなくなった。

 そして死に対しての関心も薄れていった。


 いずれ腐りゆくこの亡骸も、誰かが祈りを捧げることはない。


「この男一体誰なんだ?おれはてっきり、この指輪は誰かに贈るもので、こいつはただ堕ちた奴だと思った」


 この死体を見つけた時、スラムに似つかわしくない恰好だったため、冒険者だと思った。


 きっとほかの誰かが持って行ったのだろう。今はもう、他の死体と変わらない様相だ。

 

「彼は盗人、運び屋。どっちが正しいかは分からない。貴方はなぜこの男が指輪を持っていると分かったの?」


「見つけたのはたまたまだ。ちょっと揺すったら口から出てきた」


「そう……」


 シルヴィアは遺体の顔を上へ向け、口元をじっくり見た。


「隠す場所に困り呑み込もうとしたのか、口に含んだ。といったところね」


「誰かから隠すために?」


「恐らくね、先が長くないことは本人も知ってたみたいよ。見なさい」


 シルヴィアが男の服を捲りあげる。


 胴体の半分を埋め尽くすほどの痣。内側からの酷い出血による変色。

 よく見ると他にも足首が折れ……いや、止めておこう。


「傷ついてないから綺麗だと思ったのに、こんな有様だったのかよ」


「遺体の状態をなんで貴方が気にするの?」


「別に、個人的な理由で綺麗な死体を探してただけだ」


「……」


 シルヴィアが怪訝けげんな顔をしている。そして若干引いているような……


「おい!なんだよその目。言っとくが変な趣味嗜好とかじゃないぞ」


「別にいいのよ、誰にでも人に言えないことくらいある。辛い過去があるならなおさらね」


「だから違うって!?その目を逸らすのをやめろ!」


「貴方の趣味に興味はないわ。それよりも、これには気付いた?」


(この女……!)


「あ?」


 今度は男の後頭部を見せてくる。髪の毛の奥にあるそれは……


「これは……マーク?」


『一本の足とその足首から生える1対の翼』


「えぇ、彼は高跳び師よ。いうなれば、空を駆けるようなものね。壁や障害物も彼には関係ないの」


「なるほどね。だから盗人、もとい運び屋か。人類が長い年月を経てなんとか実現した夢を、能力1つで出来ちまうなんてな……」 


「人類の夢?」


「……何でもない。知りたいことは終わりか?」


「えぇ、これ以上はなにもでないわ。彼はもう喋れないのだから」


 彼女は男の頭から手を離すと、遺体を少し整えた。


「それもそうか。じゃ、ここで終了だな!」


 思えば激動の一日だった。

 外へ出れば、ふとした瞬間何かが起こり巡り合うものだ。


「そうなるわね」


 言い終わるとシルヴィアは立ち上がり、こちらへ向き直した


「今日は……助かったわ。指輪を守ってくれて、その……ありがとう」


 感謝じゃなくて金をくれ。

 なんて言うけどさ……

 この顔見たら言えねぇよなぁ……


(どうしたって、我慢は必要か……)


「……、別にいいって。俺も殺そうとして悪かったよ」


「ふふっ、貴方には無理よ」


 久しく見なかった誰かの笑顔が、今日は特に多かった。


「ありがとな、シルヴィア。俺の能力みても、普通に接してくれてさ……」


「『今は安全』、信じたかしら?」


「それだよ。どういう意味だ?」


「また今度、教えてあげるわ」


 また今度……、ここは素直に喜ぶべきか?


「これからも貴方は隠れ続けるの?」


 俺のこれからは……


「俺はそうだな……。『短い人生の終わりに神の御前に立つとき、「与えてくださったものはすべて使い切りました」と言えるようでありたい』。そんな明日にしていくさ」


「それはどういう意味?」


「借り物の言葉だ。また今度教えてやるよ」


「……変な人」


「うるせぇよ。この死体、もう好きにしていいんだろ?」


「えぇ。指輪がないことを知ったら、きっと探す人もいないでしょうね」


「よっ……と、こいつ案外重いな」


 ダッシュは男の亡骸を持ち上げると、そのまま背中に背負いこむ


「それ、本当にどうするの?」


「指輪は本物だったからな。本物だったら埋めてやるって言ったんだ」


「……好きにしなさい」

 

 シルヴィアの立ち去る背中を見送った。

 手を向けようとは思わない。




 ―――




 ――




 ―




「ふぅー!こんなもんでいいだろ」


 しっかり深々と穴を掘った。


 辺りはだんだんと暗くなっていく。その中で怪しげに光るランタンと静寂。

 スラムの不変な日常に、男1人をここに埋めよう。


「感謝しろよ。少なくとも、もう足蹴にされることはないさ」


 可哀そうな奴だ。

 空を駆けるなんて、恵まれた能力を持ったのに。

 きっと羨しく思う者も多いだろう。でも、悲しむ者は誰もいない。


 そんな男1人をここに埋めよう。


 お前は一体何が欲しかった?何を欲して、こんな最後を遂げたのだろう。

 

 見知らぬ男に手向けの言葉を届けよう。 




「お前が欲しかったものを俺が奪ってやる」






 ―――だから




「その能力、くれよ」






ダッシュは男のマークにその手を重ねた。







「やっぱり……変な人」


女は静かに立ち去った。

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