第212話 閑話 グレイス王国にて
いつもなら静かであるべき場所である宮廷の一角に、バタバタと彼方此方から響く足音がその緊急性を思わせるかのように城内に響き渡っている。
「カノープス様はまだ戻らないのか!?」
「あの方は休暇中だろ!本来なら呼び出すべきじゃないんだぞ!?」
「私達の手には負えない案件なんだから仕方がないだろっ!文句なら陛下と宰相閣下に言えよ!」
「言えるぐらいならとっくに誰かが言ってるわよ!?」
正常ならば不敬だとわかっている言葉ですら無意識にその口から出ている事に気がつかない程に、ここ宮廷魔導師団は混乱に陥っていた。
通常の業務に加えて一番関り合いになりたくない事案が突如発生したからだった。しかもその理由は完全に事件を起こした人物達と宮廷魔導師団には無関係な筈なのに。
いや、無関係と言い切ってしまうのはどう考えても無理だろう。それは魔導師達にも理解しているから。何故なら問題を起こした人物達の魔力を押さえる為に準備した魔道具のアミュレットを製作したのは国王陛下と宰相閣下から命令された宮廷魔導師団だったのだから。
アミュレットは完璧だった。
この世界唯一の賢者と言われるカノープスを筆頭に製作された魔道具だ。実際に何度も行われた実験でも問題なく効果を発揮していたのを確認しているし、渡した該当者達からもその後の報告でも問題なく使用している事を把握していた。
それなのに、まさか第三者を利用してアミュレットを外させて接近するなんて馬鹿な事をするなんて誰が想像するのか。
バレないとでも思ったのだろうか?
しかもよりにもよってエルフの国に休暇で向かった賢者カノープスの居場所を調べさせて追いかけて行こうとするなんて馬鹿としか言いようがない。
「....ああ~…...!よりにもよってエルフの国に迷惑を掛けるなんて....あの聖女はグレイス王国を潰したいのか!?そもそも魔導師長にすり寄ろうなんてどれだけ貪欲なんだよ!?」
この国の第二王子を筆頭に既に婚約者の居る高位貴族子息を次から次に籠絡していき、同じ学園に通う貴族令嬢達から国王陛下宛に聖女に対する嘆願書まで届く始末だ。次に問題を起こせばどうなるか、普通の常識を持つ人間ならばどう行動すれば良いか理解する事だろう。
それなのに.....。事もあろうか高位貴族子息の将来の側近候補の下位貴族の子息を誑かしてアミュレットを奪いまた近づいて操ろうとするとは.....。
「.....この件は私達だけでは対処が不可能だ....」
そう思い、休暇でエルフの国へと行っているカノープス様に緊急連絡を入れたのだ。私達一介の宮廷魔道導師では国王陛下や宰相閣下に進言する事も難しいのだから。
「まぁ君のその状況判断能力は素晴らしいと思うけど、出来ればその先も出来るようになってくれたら俺も更に嬉しいと思うよ」
何もない空間からそんな声が聞こえてハッと顔を上げれば転移魔法で魔導師団の拠点である塔へと戻ってきたカノープスの姿がそこにあった。
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