第2話 知らない感覚

 リリアが短剣を構える――興奮状態にあると言っても、戦意が失われたわけではない。

 むしろ、ルエラが何か仕掛けてきたのが分かっているからこそ、早めに決着を付けようとしているようだった。

 素早い動きで距離を詰め、短剣を振りかざす――だが、ルエラの眼前で止まった。


「! 魔力障壁……!」

「私、これでも魔王軍の幹部なの。防御の魔法くらいは、予備動作なく発動できるわ」

「……!」


 ルエラが軽く手を動かすと、リリアはすぐに飛び退くようにして距離を取った。

 やはり素早い――すでにルエラの術中に嵌っているとはいえ、油断のできない相手には違いないだろう。

 だが、ルエラは余裕の笑みを浮かべて、


「ちょっと手を動かしただけで逃げちゃうなんて、怖いの?」

「っ、あなた自身が言ったことです。魔王軍の幹部を相手にして、油断はしません」

「ふふっ、そうねぇ。でも、油断はしないと言うのなら――やっぱり、仕掛けるなら奇襲だったと思うけど?」

「まだ、これからです――っ!」


 再び動き出そうとするリリアだったが、何やら妙な反応を見せる。

 下腹部辺りか、さらにその下を気にするような仕草だ。

 ――ルエラにはそれが何か分かっている。

 彼女に仕掛けた『淫魔法』はサキュバスであるルエラが最も得意とする魔法。

 強制的に相手を発情状態にする、呪いとも言えるものであった。

 自らが望んだわけでもない発情は――かけられた本人にとってはむしろ苦しいものである。

 ましてや、リリアはどうやらそういった類の知識を持っていない――おそらく、初めての感覚なのだろう。


「わたしに、何をしたんですか……!?」


 先ほどまでは表情に出していなかったリリアだが、焦りの表情を見せていた。

 実際、知らない感覚ほど怖いものはないだろう。

 それを解除できるのも――ルエラしかいない。


「私とあなたは敵同士でしょう? 答える義理はないと思うけれど」

「……っ」


 リリアが言葉を詰まらせる――その感覚を知っていれば、あるいは冷静でいられたのかもしれない。

 だが、ルエラがサキュバスであることは周知の事実だ――そういう魔法を仕掛けてくる、というのも想像できることではある。

 そういった面も含めて、彼女はどこまでも勇者というよりは暗殺者の気質なのだと感じた。

 ちらりと、リリアは視線をルエラから逸らしている。

 おそらく、撤退することも考えているのだろう――だが、今更逃がすつもりなど毛頭ない。


「先に言っておくけれど、私を殺さないと今の状態は解除できないわよ?」

「!」


 リリアの選択肢を狭める情報――ここで逃げたとしても、今の興奮状態は解除されない。

 ましてや、彼女は今の感覚が何なのか知らないままだ。

 もっと悪化するのか、この後どうなるのか――何も分からないからこそ、リリアはもうここから撤退することはできない。

 再び短剣を構えてルエラとの戦いに臨もうとする――だが、そんな彼女の周囲から伸びたのは、魔力で作った鎖だった。


「しまった――」


 わずかに反応が遅れ、リリアは自由を奪われる。

 これも、ルエラが獲物を捕らえるために磨いた技術の一つ――ルエラは初めから、リリアを傷つけるつもりなどない。


「大変、捕まっちゃったのね」

「くっ、この――」


 無理やり鎖を外そうとするが、ルエラの作り出すた魔力の鎖は――少なくとも力で破壊できる類のものではない。

 察するに、リリアは魔力の高い方ではなく、一度捕らえられては、逃げ出すことは難しい状況にあった。


「さてと……今度は私の番ね?」


 くすりと笑みを浮かべて、ルエラはリリアを見据えた。

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