第062話 アッザからの手紙(3)

 ──ズィルマ中心部。

 馬車から降りたフィルルが、アッザへの返信を街中のポストへ投函。

 長い人差し指で封筒を押し込み、勢いよく放った。

 手を軽くはたきながら、馬車のそばに立つクラリスのそばへと戻る。


「フフッ……。やはり恋文は、自分の手で投函するに限りますわ」


「あ……そのお気持ち、わかりますっ! 投函した瞬間の達成感と、ちょっとした後悔……みたいな心持ち、いいですよね」


「ま、わたくしに後悔はありませんけれどね……クスッ。返事には、彼の年ごろには少々難しい言い回しを多用しましたわ。長い療養生活、辞書とにらめっこするくらいがちょうどよいでしょう。それに……」


「……そのほうが、眼鏡が似合う男に育ちます……ですか? お嬢様?」


「……あら? クラリスもずいぶんと、わたくしを理解したようですわね。そろそろ別の付き人に、わたくしを知ってもらおうかしら?」


「えっ……ええっ!? い……いまのお嬢様の付き人は、たぶんわたしにしか務まりませんよぉ? 新人は初日でメンタル砕けて、すぐいとま乞い始めると思います~」


 おろおろと慌て、怯える小動物のように小刻みに震えだすクラリス。

 その様を見てフィルルは、クラリスからの強い信頼と、自身の愛玩欲を覚える。


「フフッ……冗談ですわよ。入だん試験対策の重要な時期に、息が合ったパートナーを手放すほど、わたくしは愚かではありませんわ」


「は……はいっ! でも……トラブルへ足を突っ込むのは、もう控えてくださいね」


「そうは言われても、トラブルのほうからやってきますものねぇ。怪しい事件に美女が絡むのは、物語の定番ですから……フフッ♪」


 事件の発生を期待するかのように、うれしそうに微笑むフィルル。

 その笑い声の余韻が空に消えたところで、老若男女の声が折重なった悲鳴が、通りを貫いた──。


「大男が暴れてるっ! みんな逃げろーっ!」

「でっかいモーニングスター、振り回してるぞっ!」

「早く警察をっ! 足速い奴、警察呼んできてくれっ!」


 フィルルたちのわきを、ズィルマの無辜むこの民が、必死の形相で駆け抜ける。

 逃げ惑う市民が背を向けている方向へと、フィルルは一歩踏み出す。

 群衆が作った砂煙の奥に、鉄球を振り回す巨漢の姿が、うっすらと浮かんだ。

 フィルルが口紅鮮やかな唇の口角を上げる──。


「噂をすればなんとやら……ですわねっ! クラリス……剣をっ!」


「は……はいっ! ええと……モーニングスターを持った大男ですから……。木剣ではなく、鋼鉄の剣ですねっ!」


「正解っ!」


 クラリスが馬車から駆け足で鋼鉄の双剣を持ち出し、フィルルへと手渡す。

 フィルルは二本の剣を、一本ずつベルトの左右へ装着。

 暴漢以外の人影がなくなった通りの中心で、長い脚を肩幅より少し広めに開く。

 親指で鞘の留め具を同時に弾き、剣のロックを解除。

 同時に抜剣。


 ──シャッ! シャッ!


「わたくしは、フィルル・フォーフルール! このズィルマの平穏を乱す存在は……遠慮なく破断いたしますっ!」

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