第061話 アッザからの手紙(2)

 ──フォーフルール邸・書斎。

 フィルルは読書用の机へ座る父に、アッザからの手紙と、アッザ母子の署名が入った婚約証明書を、意気揚々と置いた。


「……さあ父上! この通り、結婚を七年待ってくださる殿方と、婚約を取りつけましたわ! これにて、陸軍せんだんの入だん試験のご許可、いただけますわねっ!?」


 腕をぎゅっと組み、渋い顔を見せるフィルルの父・ヴァーツ。

 机の向こうに白いシャツと黒いベストを見せている、恰幅のいい壮年。

 フィルル、ファルンとは異なり、水平の弦糸目の持ち主。

 その糸目を片方開いて、眼下の手紙と書類を見、唸る。


「う……む……。しかしこれは、年端もいかぬ男児の、戯言ざれごとでは……」


「彼なりに悩んだ上で署名したことが、この手紙から読み取れぬ父上ではないでしょう?」


「しかしなぁ……。うーむ……」


 ヴァーツは「うーむ」を連呼し、話の進行を暗に拒絶。

 それをさせじと、フィルルの隣にファルンが並んだ。


「……父上。その少年はユウラの地の、名家の跡取り。いわばそれは時期当主直筆の書面であり、重みはそれなりにあるでしょう。父上もわたしに、彼と同じ年ごろには書面の業務を手伝わせていたではありませんか?」


「それは、そうだが……」


「それとも父上は、はなからフィルルを軍へ入れる気はなく、無理難題として『七年結婚を待ってくれる婚約者探し』を提示したのですか?」


「…………」


 ヴァーツは糸目を顔へ埋没させるかのようにギュッと閉じ、しばし黙考。


「……ふぅ。まったく……口ではファルンにかなわん。フィルルも近ごろは、なにかと手柄を立てていることだし、大負けに負けて婚約を認めよう。陸軍せんだんの入だん試験、受けてよし!」


 フィルルが待ちに待った、入だん試験の受験許可。

 麗しき乙女だけで編成される、歌唱や歌舞の活動をメインとする広報部隊。

 陸軍せんだん

 国営のアイドルグループとさえ言われる、年ごろの少女たちの憧れ──。


「父上……ありがとうございますっ! 入だん試験、必ずや成績首位で受かってみせますわっ!」


「……やれやれ。かわいい娘を、男と軍に同時に持っていかれるとは……。こんなことなら、もっと厳しい条件にしておけばよかった。ふぅ……」


 両肘をついて手の甲に額を置き、溜め息をつくヴァーツ。

 フィルルは前傾姿勢でその顔を覗きこみながら、顔をほころばせる。


「父上ぇ? あなたのご自慢の娘の辞書には、不可能という文字はないのですわ! 仮にもっと厳しい条件でも、必ず成していたことでしょう! クスクスッ!」


 アッザの手紙と婚約証明書を手に取り、丁寧に折りたたむフィルル。

 さっそうと踵を返し、書斎をあとにする。


 ──ガチャッ……バタン!


 両肘をついたまま顔を上げたヴァーツは、残るファルンを見上げる。


「……ファルン。おまえのほうは、いい人は……おらんのか?」


「いい人ばかりで、決められないんですよねぇ……ハハッ。では、わたしも失礼」


「まったく……。うちの子は曲者揃いだ」


 ドアへと向かうファルンの背中から視線を逸らすように、ヴァーツは顔を左右に振った──。

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