第028話 ファーストキスは潮風と葉巻の香り(14)

「……で、それからどうなったんです?」


「それから……って? いまのが一部始終ですけれど?」


 ──翌朝のフィルルの邸宅。

 食堂で上品にハムエッグを食しているフィルルに、クラリスが食ってかかる。


「今朝の新聞には、『最新鋭駆逐艦、海賊に強奪さる!』の見出しで記事が載ってるんですけどっ!? お嬢様の話ですと、あの義手野郎をお縄にできてないと、辻褄合わないんですけどっ?」


「世の中そう、杓子定規にはゆかぬ……ということですわ。ああ、こちらの目玉焼き、黄身が底までトロットロで最高の焼き具合ですわね。担当者を変えたのかしら? もう一枚貰ってきてもらえる?」


「先に質問に答えてくださいっ! わたしもうお嬢様が心配で心配で……。なにしろまだ、おさがりで貰えていないあの服やあの靴があるのですからっ!」


「心配の動機が不純すぎですわね……。要は、彼は海から現在の、わたくしは陸から未来の廃船街バラックシップをなくしていこうと、作業を分担したわけです。お互いの言い分には、それぞれ利点と欠点がありました。ならばわたくしが光、彼が影……と相成りました。無論、このことは人質の要人には伏せております。新造駆逐艦を明け渡すことを条件に、人質全員の無血解放……という話をわたくしがつけたことにし、命惜しさの要人たちは、即同意したというわけです。はむっ……♥」


「でもでもぉ……。操舵手の人は、お二人の話を聞いていたわけですよねぇ。その人から情報が洩れたら、大変じゃないです?」


「フフッ……その心配はないの。その心配がなかったからこそ、この話をまとめられたんですけれどね」


「……はい?」


「それより本日の予定表をこちらへ。急ぎ婚約者候補を見つけなければならぬのですから、つまらない雑用は、さっさと斬って斬って斬りまくりますわよ」


(あー……。じゃあやっぱり、あの義手男とはダメだったんですねー。わたしが聞きたかったのはそこでしたから、これでスッキリです~)


 ──一方、同時刻海上。

 水平線から真逆の水平線まで青空の、なぎの海。

 駆逐艦・メープルあらため、海賊船・ブラックハープーンせいの舵を、海軍兵の男が握っている。

 ギナはその操船技術をわきで学びながら、満足気な笑みを浮かべつつ、葉巻の煙を吐いた。


「……まさかおまえさんも、廃船街バラックシップ出身者だったとはな」


「ずっと海の上で育ちましたからね。陸の上だと波揺れがなくって、全然落ち着かないんですよ。で、海軍に志願しようと。それより自分こそ驚きましたよ。この船の乗員クルーみんなが廃船街バラックシップ出身で、漂流しているふねの処分を続けていたなんて。話を聞いた瞬間、自分の天職はここだと思いました」


「ま、苦労の多い航海だけどな。軍隊みたいな年功序列やイジメはないから、そこは楽だと思うぜ」


「ははっ、それはうれしいですね。アッチのほうも、お盛んのようですしね」


「……ん?」


「いやぁ……。きのう自分に剣を突きつけていた彼が、思いっきりタイプでして……ははっ。肛門をケガしたということは彼、受けですよね?」


「さあ……。その筋の奴じゃあ、攻守交替もよくあるようだしな。そこは自分で調べてくれ」


「わかりました。船長キャプテンは、あのご令嬢を、お気に召していたようですね……」


「……ああ。ありゃいい女だった。強くて、優しくて、頭が切れて……美人。お互いに必要なものと足りないものがピッタリ一致してるっていう、直感もあったな」


「さっさと廃船街バラックシップを駆除し終えて、会いに行きましょうよ!」


「駆除を早く見積もって一年……。そこから自首して、艦を返して、身ぎれいで出所するまで七~八年。あの引く手あまたのいい女が、嫁に迎えるまで七~八年待ってくれってプロポーズで、首を縦に振ってくれるわけ……ないよなぁ」


 ギナは窓際へ移動すると、ズィルマの港がある方角を、愛おしげに眺めた──。


 ──くしゅんっ!


 そのころフィルルが、首を縦に振るほどの、大きなくしゃみを一発。

 わきのクラリスが鼻を片手で覆いながら、空いた手を宙で左右に振る。


「お嬢様……コショウかけすぎですっ! せっかくのトロトロ黄身が、固まっちゃいますよっ!?」


「あ、あら……変ですわねぇ。この瓶のこの口から、こんな量が出るわけないのですけれど……くしゅんっ♥」

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