第027話 ファーストキスは潮風と葉巻の香り(13)

「せりゃああああぁああっ!」


 剣を仕込んだ左腕を伸ばし、フィルルへ向けて刺突し始めるギナ。

 瞬間、フィルルは右手の剣に絡んでいる義手のカバーを、己の口元へと運んだ。


 ──ガリッ!


「……ぐうっ!?」


 ギナの苦悶の叫びが響く。

 拳を握る義手のカバー、その指の背を、フィルルは思いっきり噛んでみせていた。

 たちまちギナの足が止まり、苦痛に顔を歪めながら、かざしていた左手の剣の先を甲板へと向ける。

 フィルルはその機に、左手に握る長剣を、ギナへと投擲とうてき


「……やはりあなたは、幻痛ファントムペイン持ちっ! 他者の弱みにつけこむのは、好みませんが……。あなたほどの強者が相手なれば、致し方ありませんっ!」


 ギナは迫りくる長剣を、幻痛ファントムペインの激痛が渦巻く仕込み剣で、かろうじて弾いた。

 その一瞬の安堵を狙って、フィルルの急襲──。


「でやああああぁあっ!」


 ギナの義手カバーが刃に挟まったままの剣を、両手で固く握り締めるフィルル。

 腰の回転を完全フルに使いきって、両腕で剣を振り、義手カバーの拳を渾身の力でギナの顔面へと叩きこむ。

 己の拳で、己の顔面を叩き潰される格好のギナ。

 バラバラに粉砕された眼鏡の破片をまき散らしながら、片膝を甲板につく。


「ぐっ……ははっ……。まさか、そんな手が……あったとはな……」


「あなたは塩分の強い海域で目を痛め、矯正用に眼鏡をかけていると仰っていましたね。その眼鏡が砕かれたいま、勝機はなきかと!」


「ぬうううっ……まだまだぁ! 目は悪くとも、失明しているわけではないっ! おまえのその派手なピンクのドレスや、碧色の髪の位置は掴める! これからだっ!」


「往生際の悪い男は好きませんわっ! これにて降参してくださいなっ!」


 眼鏡を失ったギナの視界では、桃色の塊と碧色の塊が合わさって、正面から突っこんでくる。

 フィルルの突撃と察したギナは、刺し違えるべく、桃色の塊に向かって勢いよく左腕の剣を突きだした──。


 ──シャッ!


「……なにっ!?」


 ギナの一撃に、まったく手応えはない。

 薄い生地のドレスに、ただ剣を刺しただけ。

 その伸ばしきった左腕を狙って、フィルルが不意に現れる。

 フィルルの格好は、ドレスを脱ぎさったランジェリー姿。

 細かい装飾が入った、黒い上下のブラとショーツ。

 それをニーソックスと連結させるガーターベルト。

 それはいつだれに抱かれても万事大丈夫な、いわゆる勝負下着。

 その姿でフィルルはギナの左肩の関節を絡め取り、反対方向へ曲げて粉砕。


 ──ゴキキイイッ!


「ぐあああぁああああっ!」


 あまりの痛みに、悲痛な叫び声を挙げるギナ。

 関節部の骨が各所で折れ、避けた皮膚からは強烈な痛みとともに血が滲む。

 左手の仕込み剣は、骨折の完治まで自分の意思で動かすことはかなわない。

 フィルルの勝利、確定の瞬間──。


「ぐっ……ううぅ……。下着姿を晒してまでの逆転劇とは、恐れ入った……。しかし、しかし……一つ謎が……。俺はピンクと碧の塊を、お嬢さんと見誤った……。ピンクは脱いだドレスとしても、碧は……どこから……?」


「ふふっ……これですわよ。命名式まで艦名を隠していた、緑色の無地の横断幕」


 フィルルがこの艦へ飛び移ったときにギリギリ掴んだ、命の恩人とも言える一枚。

 この窮地において、さらにフィルルに助太刀をした。


「この艦は、名前を変えられるのがよほどイヤだったみたいですわね。つ・ま・り、女心をわからぬ者が、その甲板上で勝てるわけがない……ということですわ♥」


「ははっ……なるほど。俺は、この艦にフラれちまったというわけ……か……」


 艦尾の柵に背を預けて、尻もちをつくギナ。

 その背後から、後を追ってきた軍艦の艦影が、近づいてくる──。

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