第026話 ファーストキスは潮風と葉巻の香り(12)

 ──駆逐艦「メープル」の後部甲板。

 並べられていた人質たちは艦内の一室へ閉じ込められ、いまここには、フィルルとギナの二人のみ。

 ギナは一旦剣を義手に収め、代わりに右の腰にレイピアを下げている。


「……お嬢さんは船渠ドックで、俺を海賊と呼んだ。だから勝負も海賊流でいこう。頭目同士の勝負でケリをつけ、互いの言い分を通す。それでいいな?」


「ええ、よろしくてよ」


 フィルルは涼しい顔で返事をしながらも、体内ではギチギチと全身の関節を縮め、技の始動に入っている。

 ギナの立ち位置は、すでにフィルルの間合い。


「じゃあ、このコインが甲板に落ちたら勝負開始だ。いくぜっ?」


 ギナが右手の親指で弾いたコインが、宙に高く跳ぶ。

 フィルルの目はコインを追わず、双剣でギナの義手とレイピアを同時に破断すべく、聴力に意識を全振りする──。


 ──チャリンッ!


大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュっ!」


 左足を一歩前へ踏み出すと同時に前傾姿勢になり、全身の関節を限界まで伸ばして双剣を振るうフィルルの必殺剣が、コインの音と同時に発動。

 海風を斬り裂きながら放たれた双剣により、フィルルの狙い通り、ギナの右腰のレイピアが鞘ごと破断。

 破片をばらまきながら、甲板へと落ちる──。


「えっ……?」


 しかしフィルルは、目を薄く開いた予想外の表情。

 右手の長剣が、ギナが掲げた作り物の左手に食いこんだまま、微動だにしない。


(か……硬いっ! それに深く食いこんで……抜けないっ! 剣が動かないっ!)


「それ、やるよ」


「へっ……?」


 ──シャッ!


 ギナは義手をフィルルの剣に預けたまま、左手の剣を抜く。

 とたんにフィルルの右手に、ずしんと重みが生じた。


(重っ……! なんですのっ、この重さはっ!?)


 双剣使いのフィルルは、異様に重くなった右手の剣により、構えを崩した。

 そこを突いてギナが飛びかかり、左手の剣を振り下ろす。

 初めて出会ったとき同様、フィルルは双剣を交差させてそれを受ける。

 そして初めて出会ったとき同様、重みの乗った衝撃と痺れを食らう。


 ──ガガンッ!


(ぐううううっ……やはり剛腕っ! なるほど……クソ重い義手のカバーを常時つけているのですから、この剣圧にも納得ですわっ!)


 フィルルは膝のバネを利用してようやくギナを押し返し、よろよろと後退。

 すぐに詰められてしまう、申し訳程度の間合いを取る。

 ギナはすぐにはフィルルを追わず、右手で葉巻をくわえて、火を着けた。


「ほー、それで剣が上がるとは、さすがだなお嬢さん。その義手は表面こそ樹脂製だが、内部に樫の木と金属の層があってな。樫の部分に刃物が食いこむと、そんな具合に外れなくなる。しかも、とびきり重い」


 ふーっ……と煙を一吐きしながら、爽やかな笑顔でウインクをするギナ。

 戦いの場でなければ、その笑顔にキュンキュンしたはずのフィルルだったが、いまは剣士としての意地と、豪族としてのプライドが、恋心を上回る。


「なるほど……。殿方から受け取った贈り物は数知れず……のわたくしですが、これは間違いなく、人生最悪のプレゼントですわ……」


「ははっ。だったら、剣ごと捨てちゃどうだい?」


「そうもいきませんわ。双剣でなければ、あなたの剛剣はとても受けきれません。右の腰のレイピアは、はなから使う気のない飾り……。わたくしの初撃を分散させる撒き餌だったのですね?」


「ああ。実はお嬢さんが先代ブラックハープーンの帆柱マストを斬るところ、見てたのさ。まずあれを封じなきゃ……と、罠を張ったんだ」


「まだではありませんわっ! この駆逐艦の名は……メープル!」


「……だな。しかしすぐに改名させるさ」


 いよいよ本気で攻めてくるギナ。

 文字通り剣が体の一部であるギナの剣技は、しなやかにして豪快。

 両利きにして双剣使いであるフィルルでさえも、いまは受けるのがやっと。

 それというのも、右手の剣に食いこんで離れない、義手カバーのせい。


(一旦剣を左右持ち替えて……負担を減らす? いえ、それではいずれ、両腕が疲弊するのみ……。片腕の健在を維持するのが、まだ得策……)


 重い右腕を最小限の動きで活用しながら、ギナの剣を受け続けるフィルル。

 しかしいよいよ、艦尾の柵へと追いつめられる。

 ギナが左右へ腕を広げ、逃げ道を塞ぎながら悠々と接近──。


「……正直、お嬢さんとの別れは惜しい。だが俺も、海の男! 俺の航路に立ち塞がる相手は……何者であろうと刺し貫くっ!」


 ギナが左腕の剣を引き、刺突の構えを取る。

 対してフィルルは、不敵な笑みを浮かべながら右手の剣を掲げる。


「うれしいですわっ! わたくしが惚れた殿方が、本物のおとこで──!」

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