第四章 華の陸軍戦姫團

フィルルが入團を望む陸軍広報部隊、戦姫團とは──?

第029話 華の陸軍戦姫團(1)

 陸軍せんだん

 若く麗しき女性のみで編成される、陸軍の広報部隊。

 国内トップレベルの演奏と歌舞を全国各地で披露する、実質上の「国営のアイドルグループ」。

 その入だんを志す少女の数は、計り知れず──。


 フィルルもまた、来年開催される入だん試験への対策に、日々余念がない。

 しかし父親からは、広報部隊とは言え二十四歳まで除籍できない軍の組織へ入ることを反対されている。

 フィルルは入だん試験を受ける条件として、試験までに除籍後すぐ結婚できる婚約者を見つけることを、父から厳命されている──。


 きょうはその、陸軍せんだんのズィルマ公演初日。

 劇場へと続く石畳の一本道を歩きながら、フィルルは入場チケット二枚を指の間に挟んでびらつかせる。


「二年ぶりの、せんだん地元公演! ズィルマ城塞司令部からいただいた、最前列中央席の入場チケット……まことありがたいですわ♪」


 長い脚を広げてスタスタと歩く、白を基調とした正装のフィルル。

 そのわきをクラリスが、フィルルから譲り受けたライトピンクのドレスを身に着けて、追いすがるように歩く。


「わたし、せんだんの公演見るの初めてですっ! 本当によろしかったんですか?」


「兄上が所用で無理だというのですから、ありがたくちょうだいなさいな。そもそも兄上はもう、乙女が歌って踊る姿にはしゃぐほど、子どもでもありませんし」


「そういうことでしたら……遠慮なくっ! あはっ!」


「その最前列中央のチケット一枚の額で、あなたの半月分のお給金を超えますから、しっかり楽しみなさい。クスクスッ」


「へええぇ……そうなんですか。軍の広報部隊なんですから、タダで見せてくれてもよさそうなものですけどねぇ」


「ま、軍事費調達の部隊でもありますから。各地で開催されている競馬、あれも軍馬の育成費用調達が目的ですし」


「あ~、競馬法(※)! 学校で習いました! なるほど~」(※日本の旧競馬法に相当)


「ニ、三年後には、このわたくしが立っている舞台。それがタダで見られるというのも、合点のゆかぬ話ですしねぇ。オホホ……あら?」


 歩むフィルルの視界に入ってくる、入場口と待機列。

 そこには女児を連れた母親が、軍服姿の女性兵から列より引き離される姿。

 薄めのソバカスを蓄えたモギリの女性兵が、恐縮の表情で母親へと話しかける。

 フィルルはチケットを胸元へしまい、その様子を遠巻きに観察──。


「……すみません。そのチケットでは、入場できません」


「えっ……? どうしてですか?」


「そのチケットは偽造品です。偽造対策で、判別方法はお伝えできませんが……。明らかに正規品ではありません。その席番には、正規のチケットをお持ちの方々が座られますので……観覧はできかねます。すみません」


「ええっ!? で、でも……ちゃんとお金を出して買いましたよ、これ?」


「最近は、精巧な偽造チケットも出回っていまして……。正規販売店ですら、偽造品をつかまされるケースもあるんです。わたしどもも、未然の策を重ねてはいるのですが、イタチごっこの状態でして……。ともかく、このチケットでは入場できません。申し訳……ありませんっ!」


 ソバカスの女性兵が、ぎゅっと両目を閉じ、申し訳なさ全開でこうべを垂れる。

 しかし母親も負けじと、申し訳ないという表情を浮かべ、食い下がった。


「そ、そんな……。わたしはともかく、娘だけでも、入場できませんかっ!? せんだんに憧れている娘のために、一生懸命働いて買ったチケットなんですっ! せめて……娘だけでもっ!」


「ご心痛……お察しします。ですが一度例外を認めてしまうと、その後も例外を認め続けなければならなくなりますし……。お嬢さんには本当に申し訳ありませんが、お引き取り願います。領収証があれば販売店で返金できますので、その偽造チケットは念のためお持ちください」


 偽物と断じたチケットを受け取り拒否する女性兵と、それを震える手で握る母親。

 事態を呑み込めない女児が、ただごとではない様子に顔を曇らせていく。

 母親はすでに諦め半分で、チケットの処遇をさらに問う──。


「あ、あの……。このチケット、知人の、その知人のツテで買ったもので、販売店はわからないのですが……」


「ああ……。やはりそのチケット、個人から買ったものなんですね……」


「え、ええ……。少しお安くしてもらえると、いうことでしたので……」


「でしたら仮に、そのチケットが正規品だとしても……入場はできかねます。見てください、ここ。『転売禁止』の一文がありますよね? そのチケットは偽造品ですけど、正規のチケットにも『転売禁止』は明記されています。病気や急用で行けなくなった際、身内や友人へ無償で譲渡するのは可能なんですが……」


「で、でも売ってくださった人は、販売店の者だと……」


「正規のチケットには、販売店の押印欄があるんです。そのチケットにはそれがありません。そこも、偽造品を判別する一つの要素でして」


 ソバカスの女性兵が、チケットの右下隅にある不自然な空白部分を指でなぞる。

 母親はそれでようやく、自身が詐欺に遭ったことを自覚した。

 言葉を失って呆然とする母親のスカートを、たまらず娘が引っ張る。


「ママ……。せんきだんのおねえさんたち、ミア、みれないの……?」


 母親はその不安げな表情と声を受け、自身の不甲斐なさと、弱者から搾取する悪への悔しさに涙腺を緩ませ、大粒の涙をこぼそうとする。


「ミア……ごめ──」


「──心配無用ですわ、お嬢さん。わたくしたったいま、あなたの母上のになった者ですけれど」


 母親の涙を愛娘に見せじと、フィルルが間に割って入った。

 フィルルは長い脚の膝を限界まで曲げて、女児・ミアと目線を合わせる。

 その頭を撫でながら、下弦の笑み糸目をさらに曲げて、優しい微笑を作る。


「あなたの母上はいま、と~ってもいい席でせんだんを見られるよう、あなたのために頑張ってくれましたの」


「そうなの……?」


「ええ。これがその、チケットですわ」


 フィルルは胸元へ収めていた入場チケットを一枚、ミアへと手渡した──。

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