第013話 運命は浅葱色の鱗粉とともに(11)

 ──フィルルが放つ闘気に気圧けおされてか、フィルルの構えに捕食者カマキリの気配を感じたか、一時的に毒蝶の包囲網が広がり、ばらけた。

 その機を逃さずフィルルは包囲網を脱し、宙を舞う蝶の各個撃破を開始──。


 ──シャッ! シャッ!


 囲まれないよう絶えず移動しながら、切っ先で毒蝶を割くフィルル。

 毒の鱗粉を警戒し、掛け声を最小限にとどめ、極力口を開かない戦闘。

 それを見たカイトが、背を反らし、腹を抱えて大仰に嘲笑。


「ハーッハッハッハッ! 自殺行為! 斬ったはねから、毒の鱗粉が飛散しまくりですよ! 飛散! 悲惨! ハーッハッハッ…………」


 カイトの嘲笑が、次第にフェードアウト。

 双剣を操るフィルルの剣さばきを、前のめりになりながら凝視する。


「な……なにっ!? バカ……な……!?」


 空中に光の剣跡を次々と描いていく、フィルルの長剣。

 頭部を斬り落とされて、その場で地に落下する毒蝶。

 胴を縦に両断されて、鱗粉を散らすことなくはねを左右へひらひらと落とす毒蝶。

 フィルルの華麗なる双剣さばきによって、辺りに漂う毒蝶の群れは、目に見えて数を減らしていく。


「毒蝶の……胴体のみを……斬っているだとおおぉおおっ!?」


「これがフィルル・フォーフルールの、美麗なる剣技ですっ! さあっ、特等席で……とくとご覧なさいなっ!」


 数十匹集まっていた毒蝶は、フィルルの双剣を受けて次々と墜落。

 フィルルはいまだ呼吸を乱していないにも関わらず、毒蝶は早くも残り十匹程度。

 顔に焦りの色を濃く浮かべたカイトは、意地剥き出しで指笛を鳴らす。


 ──ピイイイィイイイッ!


 バラけていた残りの毒蝶すべてが、フィルルを中心に全方位に散開。

 次の指笛で、いっせいに突っこむ気配を漂わせる。

 それを察したフィルルは、一旦四肢を緩ませて、関節のこわばりをほぐした。


「フフフフッ。カイト……あなたへはいっさい敬意はありませんが、わたくしもこの場にて、新たな剣技を披露するとしましょう。昨晩考案し、いましがたのウォーミングアップで完成に至った、生まれたての新技です」


「興味ありませんねっ! 全身ボロボロにただれて死んでくださいっ!」


 ──ピイイイイイイイイイイイイッ!


 これまでで最も高く、長い指笛。

 毒蝶がいっせいに、全方位からフィルルへと向かっていく。

 フィルルはへその前で腕を交差させ、全身のバネをギチギチと限界まで縮める。

 そして、一気に関節という関節を伸ばしきって、己のリーチの限界を超える間合いへと、切っ先を及ばせた──。


「──わたくし流剣技っ! 大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュっ!」


 フィルルを中心に、長い長い剣跡が、瞬時に無数に宙で輝く。

 剣の風圧を受け、わずかに下がる毒蝶たち──。


「……散りなさいっ! 悪の手で造られし、かりそめのしゅよっ!」


 フィルルが怒声を発しながら、双剣を同時に、体の左右で地に突き刺す。

 ビリビリと空気を震わせる怒声を受けて、毒蝶たちが一斉に胴から左右へ分割。

 その様はあたかも、フィルルの命令を受けて自害したかのよう。

 フィルルの剣のあまりの鋭さに、毒蝶たちは両断されてもなお、しばし生き続けていたのだった──。

 その様子にカイトは、身を屈めて激しく動揺。


「バ……バカな……。あれだけの毒蝶の胴体だけを斬ってのけるなど、人間わざではな…………んっ?」


 フィルルの周囲で、鱗粉を散らすことなくひらひらと落ちていく多量のはね

 まるで浅葱あさぎ色の落ち葉が舞い散るかのような光景に中に、一匹だけ無傷の毒蝶が、いまだ宙を舞っている。

 その位置、フィルルとカイトのちょうど中間──。


「……はーっはっはっはっはっ! 育ちのいいお嬢様は詰めが甘いっ! やはりその細い目では、見落としが起きましたかっ!」


 ──ピイイイイイイッ!


 カイトの口笛に従い、最後の毒蝶がフィルルの顔面へと一直線に飛ぶ──。


「それはあえて残したのですっ! せいっ!」


 フィルルは足下のアサギの短剣を瞬時に拾い上げ、迫る毒蝶へと投擲とうてき

 毒蝶の胴体を正確に貫いた短剣は、毒蝶ごとカイトへと飛ぶ。

 毒蝶のはねに視界を遮られていたカイトは、短剣の視認が遅れ、それを眉間の骨に受けた──。


 ──ガッ!


「ぐああぁあああぁああっ!」


 短剣の勢いと痛みで、背中から後方へ倒れ、後頭部を打ちつけるカイト。

 その顔の中心では、短剣で串刺しになったままの毒蝶が、バタバタとはねを上下に動かしながらもがく。

 はねから落ちた毒の鱗粉が、カイトのがんに付着し、その細胞を破壊し始める──。


「ぎゃあああぁあっ! やめっ……やめろおっ! 僕のがんが……壊れるうううぅっ!」


 両腕を曲げ、顔の毒蝶を振り払おうと手を伸ばすカイト。

 駆けてきたフィルルがその袖口へ短剣を放ち、衣類ごと両手を地に固定。

 同様にズボンの両裾へも短剣を刺し、四肢の動きを封じる。

 アサギの武器を用いることで彼女の無念を晴らしつつ、カイトを昆虫標本のように地にはりつけにしたフィルル。

 カイトの頭部を見下ろしながら、険しい顔つきでピシャリと言い放つ──。


「……そのバタフライマスク、とってもお似合いですわっ!」

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