第014話 運命は浅葱色の鱗粉とともに(12)

 ──一週間後。

 毒蝶事件の首謀者、カイト・ディデュクスは、完全失明の状態で投獄。

 その犯罪の範囲の広大さ、生物兵器の生育、異眼の存在……というショッキングさから、異眼と毒蝶の存在は世間には伏せられ、連続結婚詐欺・殺害事件として、一部の犯罪が新聞に取り上げられるにとどまった。

 その明るみになった罪状だけでも、カイトの死刑は遠からじ……とされている。

 カイトの処遇を確認したアサギはこの日、古都・ズィルマを去り、故郷へと戻ることにする。


「……世話になったな、フィルル。姉さんの仇討ち……深く感謝する」


 フィルル邸宅の玄関前。

 身をまっすぐに立てたアサギが、フィルルへ向かって深々と頭を下げる。


「気が向いたら、遊びにいらっしゃいな。ただし今度は、玄関からお願いするわ」


「ははっ、手厳しい。わたしはこれから故郷へ帰り、家業の酒蔵を一からやり直すつもりだ。蔵は人手に渡っているから、一からの出直しだが……。いつか納得できる酒を造ることができたら、真っ先にフィルルに呑んでほしい」


「あらあら。気が遠くなりそうなお話ですこと。わたくしが結婚を考えている七年後には、祝い酒にかなうものを、かもしてくださらないと」


「ううむ……。こうじは保存しているし、酒米は懇意の農家とまだ縁があるが……。蔵の再建から酒の仕込みを考えると、七年は正直、厳しいな……」


「ちなみに、ツテで豪商へ調べさせたところ……。あなたの酒蔵を買い取った酒造メーカーは、品質のガタ落ちで事業の引継ぎに大失敗。売り上げはあなたたちのころから激減し、赤字部門として経営の足を引っ張っているようですね。他部門の頑張りで帳尻を合わせて、世間に知られるのを防いではいますが……」


「えっ……?」


 フィルルは背後に控えるクラリスから、後ろ手で筒状に丸められた書類を受け取り、書類を綴じる紐を解いて、アサギへと手渡す。

 そこには、アサギの酒蔵を買い取った大手酒造メーカーの、ずさんな経営状況が細かく記されていた。


「もしあなたが、かつての杜氏※とうじや職人を集められるのならば……。わたくしが出資者となり、蔵を買い叩きましょう。もちろん、配分はしっかりいただきますが……乗る気はおあり?」(※酒蔵の職人の頭。「とじ」とも)


「あ、えっと……も、もちろんだっ! 杜氏とうじも職人も、いつかまた酒造りをすると、他業で資金を貯めているっ! この話をすれば……皆、すぐに集まるっ!」


「よろしい。話をまとめられたら、あらためていらっしゃいな。次に会うのはビジネスの場ですから、社交用のドレスで……ね。クスクスッ♪」


 両肩と両膝を出した忍装束のアサギを見つつ、悪戯っぽく笑うフィルル。

 アサギも軽く頬を染めてはにかみながらも、足先を背後へと向けだす。


「そ、それでは……この書類は借りていくっ! なにからなにまで世話になったな、フィルル! このお礼は……必ずやっ! では、ひとまず失礼するっ!」


 一秒でも早く、この朗報を故郷へ持ち帰りたい……といった様子のアサギ。

 別れの挨拶の途中でフィルルに背を向けて駆け出し、庭内の樹木の枝へと跳躍すると、樹上伝いに邸宅の外壁を越えていく──。


「……フフッ。次はドレス姿で壁を越えてきそうな勢いですこと」


 フィルルは微笑みながら、書類を綴じていた紐を指先でつまんで垂らす。

 クラリスが両掌を揃えて、それを受け取った。


「それにしてもお嬢様、ずいぶんと思いきった人助けをされましたね?」


たびの件は、わたくしの男の見る目のなさも絡んでおりますから、多少の尻拭いは……ね。ああそうそう、クラリス。あなたもそろそろ、ドレスに着替えなさいな」


「……えっ? どうしてです?」


「先ほどの書類、あのドグからの提供ですの。で、対価があなたとのディナー。夕方、迎えの馬車が来ます。彼の興味、すっかりあなたに移ったようで大助かりですわ。オーッホッホッホッ!」


「えっ……えええ~っ!? わたしあの人苦手ですぅ! それにディナーって……泊まらせる気満々じゃないですか~!」


「クラリス、今夜は外泊を許可します。ウフフフッ♥」


「い~~や~~!」


 クラリスの悲痛な叫びが、古都・ズィルマを囲う山々へと響き渡った──。

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