第二章 運命は浅葱色の鱗粉とともに
渡り蝶とともに現れた眼鏡美青年。フィルルはちょろく恋に落ちるが……?
第003話 運命は浅葱色の鱗粉とともに(1)
──ドグの邸宅の門柱を、さっそうと背にするフィルル。
自家用の天蓋つき馬車へ乗り、綿製クッション敷きの座席へ腰を下ろす。
あとからメイドのクラリスが、鞘に収められた二本の剣を胸に抱えて乗車。
運転手が発車合図のベルをチリリン……と鳴らし、白毛と黒毛の二頭の馬へと、軽く鞭を振るった。
フィルルは窓際の肘掛けに右肘をつき、手の甲へ頬を載せる。
窓にうっすら映る端正な顔立ちの向こうで、街の景色がゆっくりと流れだす。
「まったく……。こちらは婚約者を求めているというのに、寄ってくる男はみな、即結婚結婚結婚……。あなたの望みは、結婚ではなく結合ではないの……と、言いたくなりますわ。わたくしが安くなりますから、言いませんけれど……ふぅ」
向かいの席へ座り、生涯の宝のようにフィルルの双剣を胸にきつく抱えているメイドのクラリスが、恐る恐る話し相手の役を担う。
「なにしろお嬢様は、その美貌ですから……。お見合い前までは婚約のつもりでも、いざ向き合ったら、結婚に意識が傾いてしまうのではないですか?」
「あら、クラリス。あなたもようやく、おべっかを覚えたようね……フフッ。けれどわたくしは、口ではなく成果を評価する主義。点稼ぎには、なりませんわよ?」
「い、いえ……。わたしは本当に、お嬢様のその、下弦の糸目の美しさに魅了されていますっ! はいっ!」
「クスッ、ありがとう。あなたの弦の糸目も、とても愛らしいわよ。もう二、三年、うちで女を磨けば、先ほどのドグくらいの男には、嫁げるでしょうね」
車窓に流れる、古都ならではの木造建築の並び。
商業施設と思しき大きめの建物二棟に挟まれた、路地のような暗い隙間。
そこを捉えたフィルルの細い瞳が、両端を光らせる──。
「……停めてくださいな」
車内の天井から下がるベルを、指先で強く弾いて鳴らすフィルル。
チリンチリン……という、発車合図のベルよりも甲高く上品な音が鳴ると同時に、馬車が減速し、静かに停まった。
フィルルは立ち上がると、それまで座っていた腰掛けの下部にある引き出しを開け、中から二本の
慌ててクラリスも立ち上がり、ドアの
「あ、あの……お嬢様?
「建物のはざまに、複数人から暴力を受けている男性が見えましたの」
「ええっ?」
「見てしまった以上、見ぬふりをできぬのがわたくしです。それに、たまには実戦の勘も磨いておきませんと……ね。クスッ♥」
(あああぁ……。お嬢様はああ言ってますけど、先ほどのお見合いの憂さ晴らしが、まだ十分でないんですねっ!? 単純に暴れたいんですねっ!?)
クラリスは預かっていた鋼鉄の剣二本をわきに抱えたまま、ドアを覆うように横移動。
首をふるふると左右へ振って、フィルルを制止。
「ダ、ダ、ダメです……お嬢様! 危ないですっ! 危険ですっ!」
「あら……そう? この
「ひいいいいっ……! どっ、どうぞお嬢様! その
クラリスは二本の鋼鉄の剣を両腕で胸に抱きながら、ドアの前を離脱。
(お嬢様が真剣で暴れたら……死人の山ができますっ!)
鋼鉄の剣だけは渡せないといった様子で、クラリスは二本の剣を体の下に敷き、座席の上でカメのように縮こまった。
その滑稽な姿を見て、フィルルは吹きだすように息を漏らした。
「フフッ……大丈夫。すぐに片づけてきますわ。わが家の玄関の掃き掃除よりも、早く終わることでしょう」
フィルルは木剣を握ったままの右手の人差し指、その腹で
ドアを開け、長い脚を地面へ伸ばし、優雅な所作で降車。
細い首をくるっと軽く回し、両手に握った木剣を体の左右へ下ろして、車内から見た薄暗い路地へと向かう。
その頭上を、
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