婚約破棄された伯爵令嬢、50歳年上の騎士団長を全力で口説き落とす~強面騎士団長のワシが年下娘に溺愛されて威厳が絶滅寸前なんじゃが断罪とかしなくていいの? あ、いいの……~

吉武 止少

本文

「リディア・ジャスティン伯爵令嬢! 貴様との婚約を破棄――」

「はい承りましたーっ!」


 王国中の貴族が集まるパーティの最中さなか、とあるすじから聞かされていた茶番の始まりにワシは顔をしかめようとして、――そして唖然あぜんとした。


 理由は簡単。


 この国のバカな公爵令息が起こした壮大な『婚約破棄騒動』。

 その初っ端で、断罪されるべき伯爵令嬢がアッサリと破棄を受け入れたのだ。

 しかも、公爵令息が喋ってる途中なのに食い気味で、である。


 生まれて五〇年、騎士団に骨をうずめるつもりで生きてきたワシは曲がったことが大嫌いだ。公衆の面前で子女に恥をかかせるのも気に食わなかったし、いくら王族の親戚といえどもパーティを私物化することも納得いっていなかった。

 リディア・ジャスティン伯爵令嬢はまだ14かそこらの小娘だ。

 間違いがあったとしても、わざわざ恥をかかせるようなことをする必要などないだろうに。

 溜息とともに、近くの給仕からグラスを受けとってワインをあおる。

 幼いころから男所帯の騎士団に揉まれ、敵国の騎士を倒すことに青春を捧げたワシは、この歳になって未だ独り身である。

 敵から受けた刃のあとは誇るべきものだとは思ってるが、人相をより一層凶悪にしている。そのためどんなご令嬢も顔をみただけで悲鳴をあげてしまい、結婚はおろか縁談すらまともに来ない。

 竹馬の友――というよりも腐れ縁の国王なんかは、私的な集まりのみかいなんかでワシを馬鹿にしおる。

 それでなくとも貴族が独り身のままというのは外聞が悪く、パーティーでは居心地悪く感じてしまうことも多いのだ。


 自分自身はもう結婚を諦めているから良いが、ジャスティン伯爵令嬢がこれからどんな扱いを受けるか、考えただけでも同情を禁じ得なかった。

 傷モノと言われた令嬢が嫁ぎ先を探すのは生半ばなことではないだろう。

 

「……えっと、俺は婚約破棄を申し出てるんだが……本当に良いのか……?」

「はいっ! この後はきっと殿下の恋人をイジめた罪で誰かの後妻ごさいとか修道院とか、そういうところにいかされるんですよね!?」


 リディアの言葉に、公爵令息とその横に立っていた令嬢がまぬけな顔で頷いた。

 なんで微妙に嬉しそうなのか分からず、ワシもどういう表情で聞けば良いのか分からなくなる。

 いや、本当に。

 この後すごく大変な思いするって分かってる……?


「み、認めたからには言い逃れはできない――」

「はい! 本当はやっていませんが認めます! 認めるので情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地も生まれると思います!」


 図々しい発言に、公爵令息のみならず周囲の人間も目を丸くするが、当のリディアは気にせずことばを続けた。


「修道院じゃなくて後妻にして欲しいんです! イズマ・セラフィナイト閣下の!」

「ぶふぅっ!?」


 突然の指名。

 飲んでいた蒸留酒を噴き出したワシに、周囲の視線が集まった。

 このままいけば、なぜか自分が巻き込まれる。何か反論せねばなるまい。

 普通に怒鳴ってやりたいところだが、『目を合わせたら心臓が止まる』とまで部下にからかわれる強面なので口調は穏やかに。

 騎士団長として、なるべく威厳ある喋り方を心掛ける。


「なぜワシなんだね?」

「ずっとお慕いしていたからです!」


 頬を染めながらもまっすぐに微笑まれて思わずたじろぐ。もともとの強面に加え、戦場での傷跡も相まって凶面というに相応しい顔。

 素手で熊ですら屠れそうな体躯。

 こんなまっすぐな好意など、向けられたことはなかった。


「ワシを……?」

「はいっ! 4つの時に戦勝パレードで拝見して一目ぼれしました!」


 ざっくり計算すると、当時51歳である。


「ワシ、61じゃぞ!? 子むす――リディア嬢はまだ14じゃろう!?」


 小娘、といいそうになって思わず言い直せば、リディアの顔が笑みに輝く。


「な、名前で呼んでいただけるなんて……! 一生大切にしますし、幸せにしますからね!」

「ちょっと待ちなさい!? 何でそうなるんじゃ!?」

「もー、セラフィナイト閣下が女性嫌いなのは社交界じゃ知らない人はいませんよ? どれほど見目麗しい女性とお見合いをしてもファミリーネームでしか呼ばないし、表情一つ崩さないって」


 女性慣れしていなさすぎてガチガチに緊張した挙句、恥ずかしくてファーストネームを呼べないだけである。


「そ、それはリディアがこれまでの女性とは違ってまだ子ど――」

「これまでの女性と違う!? つまり特別!? きゃーっ! 相思相愛だったんですね!?」

「て、テンション高ぇ……」


 話が通じないリディア――もう敬称つけるのも面倒だ――の言葉に引きずられ、パーティに出席していた騎士の幾人かがパラパラと拍手を送る。


「き、騎士団長にも春が……!」

「これで休日まで暇つぶしで地獄みたいな訓練を課されることがなくなる……!」

「リディア様……いえ、団長夫人ばんざい!」

「団長夫人バンザーイ!」


 テンション任せに勝手なことを口走る騎士たちだが、ざわめきは騎士のみならず他の貴族にまで伝播した。

 このままでは勢いで押し切られる……!


「黙れ」


 騎士たちを統制するときのように命じれば、ホールは水を打ったように静まり返った。


 ……黙らせたは良いが、これ何を言えば良いんだ……?


 思わずリディアに視線を向けたところで、公爵令息とその恋人がアホなことを口走り始めた。


「殿下、もしかしてコレって――」

「静かに。ここはセラフィナイト団長がリディアに告白……つまりおとこを見せる場面だ」

「あっ、そうですね! リディアさんにとっては一生に一度の大切な場面! お口にチャックですね!」

「ちょっと待てェェェェェい!!!」


 馬鹿令息とその恋人を止めようとするが、なぜかワシのことばにリディアが反応した。


「はい、待ちますっ!」


 何故か前髪をささっと整えたリディアが目をつむって唇を突き出す。ぷるんとつややかな桜色の唇。

 おお、とどよめく貴族たち。


 ……いや、ワシは何をすりゃいいんじゃ。


「団長、何やってるんですか! キスですよキス!」

「リディア嬢をやさしく抱きしめて!」

「ほーら、初キッス! 初キッス!」

「誰がするかァ! こういうものはもっと時間をかけてゆっくりと! ひとけのない場所でするもんじゃろ!」

「分かりました。時間をかけてゆっくり、ひとけのない場所で、ですね。ではまずお互いを知るところから始めましょう! 次はお茶会にご招待しますね! 甘いものはお好きですか!?」

「あっ、いや、ワシは甘いものよりも塩気があったほうが……」

「はい! ではセラフィナイト様の好きなものをご用意しますね!」


 何故かお茶会に招待されることになった。

 せぬ。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。そもそもリディア嬢は婚約破棄をされたんだろう!? もうちょっと神妙にじゃな!?」


 そもそも論として話をずらそうと公爵令息へと視線を向ける。

 視線で援護しろ、と訴えるもののふいっと顔を逸らされた。

 ……そうじゃな、ワシ、顔が怖いもんな……。


「まぁ、婚約破棄は出来たし? 素直に罪も認めたからなぁ」

「わ、私、リディアさんが謝ってくれるならそれで――」

「うん、ごめん!」

「許します……って早いですね……」


 そこはかとなく納得いってない雰囲気はあるものの、リディアの勢いに全員が押されていた。


「……何の騒ぎだ」

「こ、国王陛下! 王妃様も!」


 騒ぎを聞きつけてか、ワシの上司にして幼馴染でもある国王陛下が嫁さんを伴って現れた。

 周囲の貴族から騒ぎの原因を聞いた国王は重々しい雰囲気で頷く。自らの甥っ子にあたる令息を睨みつけたあとで、大きく頭を振った。

 が、なぜか甥っ子には何も言わず、ワシに鋭いまなざしを向けた。


「良かったな……年下で美人の嫁さんだ。みんな羨ましがるぞ」

「国王テメェー! 甥っ子みうちが問題起こしたのを誤魔化すつもりじゃろ?!」

「ほら、一番の被害者はリディア嬢だろ? お前が結婚すれば彼女の心の傷を癒せる。部下は鬼みたいなしごきから解放される。わしはお前さんの『独身で暇だから飲み行こうぜ』って呼び出しで遅くまで酒に付き合わされる心配もなくなる。最高じゃないか」

「ワシの気持ちは!?」

「はぁ……じゃあリディア嬢のこと嫌いか? んん?」


 国王はあごひげを撫でつけると、笑った。

 親友のワシには分かる。この笑みは碌でもない笑みである。


「嫌いなわけないよなぁ。お前さんが4歳の頃に惚れてたフューリー夫人おっただろ。リディアは夫人の孫だぞ? 面影を感じるよなぁ?」

「お、おばあさまの……私、おばあ様によく似ているって言われますの!」

「リディア嬢はまだ14。成長すれば余計に似るだろうな」


 バカ国王が好き勝手言いやがったのを聞いてリディアは頷く。それからなぜかワシの傍に寄ってきた。


「成長するところ……よく見ていてくださいね?」


 上目遣いにワシを見つめる眼差しを受け、言葉に詰まる。


「やれ、リディア嬢! そいつは硬派ぶってるけど奥手で初心なだけだからガンガン押せ! 既成事実をつくればこっちのもんだぞ!」

「はいっ!」

「国王マジで覚えてろよこのヤロウ! リディアも『はいっ』じゃない! もっとつつしみを持ちなさい! 交際は清く正しく! まずは日中のデートでお互いのことを知ってからじゃ!」

「はい。ではデートに連れて行ってくださいまし。服飾や宝石などを見て回りたいのですが、エスコートして頂いても?」

「いや、ワシはそういうのはわからんので……」

「セラフィナイト様の好みで決めていただきたいのです」

「うっ」

「駄目、ですか?」


 潤んだ瞳で見つめられてワシが折れたのは、約20秒後のことじゃった。

 その後、リディアの猛攻に負けたワシの噂が他国にまで響き、『騎士団長、殺すにゃ剣より嫁が効く』なんて詩が流行はやったとか流行らないとか。

 詩をつくった奴を探し出して血祭にあげてやろうか……?


「私がご飯をアーンします? 私がお風呂でお背中をお流しします? それとも私をお風呂でいただきますか!? 食べ放題ですわよ!?」

「待ちなさい! こう、もっと恥じらいをだな――」

「はいっ、では全力で恥じらいます! お風呂でお待ちしていますね!」


 ……歌作った奴を探し出して表彰するか……。

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