第9話

 その夜は、月明かりもないただ暗い夜だった。空は黒ペンキを塗ったみたいだ。

 そして悪魔みたいなコアラ……ではなくコアラみたいな悪魔は現れなかった。

 代わり、というか大鎌を背負った魔法使いがボクの前に現れた。闇から浮かび上がるように、闇を纏うように。

 白金の髪に整った目鼻。エメラルド色の瞳がボクを見据える。

「こんばんわ、夜歩きの」

 意外と可愛らしいというか……滑舌がやや怪しい……幼い声だった。

「えーっと、どちら様でしょうか?」

「あのコアラにオンセンにツれていかれた魔法使いだよ」

 魔法使いって言われたから勝手に男だと思っていたけれど、女性だった。

「あぁ。どうしました?あのコアラは酒で酔っぱらって、温泉に映った月を掴もうとして溺れて死んでしまいましたか?」

「なにそれ、おもしろい」

 漱石をケラケラと面白がる魔法使いは、礼を言いにきたらしかった。

「あのコアラ、さもジブンのハツアンのようにオンセン旅行をいうもんだから、サケのましてホントのことをききだしたの。そしたらさぁ、アナタのことを自慢されたの」

「えぇ、まぁ、基本、元気ない時は温泉に行けば何とかなるっぽいです、世の中。父がそう言ってました」

「ありがと、元気ないときはそうするね」

 魔法使いは、どこからか辞書のような本をとりだして幾つか頁をめくる。得意げに大鎌に腰掛けるとふわりと浮いた。

「そうそう、夜歩きの。アナタ、有名人よ」

 有名人?と首を傾げた。

「あのコアラ、色んなところでアナタのこと話してるみたい」

 白金髪の魔法使いはそう言い残して、暗い夜空に飛び立って、闇の中に溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る