第5話



 あの日から、俺はスマホがもっと欲しくなった。


「ゴウキ!俺、絶対にバイト探す!」

「どんなバイト探す気だよ」


 いつもの公園のベンチで、ゴウキが怪訝そうな表情で言った。


「たくさん稼げるのがいいなって思う。スマホ欲しいし」

「……スマホなら、俺が貸してんだろ」


確かに、ゴウキは最近当たり前のように俺にスマホを渡してくる。動画だって、俺一人で好きなのを見て良いって言ってくれた。そう、一人で、だ。でも、俺は前みたいにゴウキと一緒に動画を見たいのだ。一緒に音楽を聴くみたいに、体をくっつけて、ココ良いねって言いながら。


「……でも、欲しい」

「はぁっ」


俺が動画を見てる時、ゴウキはぼんやりとしている。ゴウキも楽しそうじゃないと、全然意味がないのに。だから最近、俺もハラムさんの動画を見ていない。


「今更スマホ持ったって、友達なんか出来ねぇからな」

「ちがう」

「何が?」


 何故か、ゴウキがどんどん不機嫌になる。別に、俺は学校で友達が欲しいからスマホを手に入れたいワケではない。


「俺、ゴウキと好きな時に繋がりたいんだ」

「あ?繋が…は!?」

「うん。俺、夜になると、ゴウキと話したくなる」

「っ!」

「別にさ、何か用があるワケじゃないんだ。でも、ゴウキの声が聞きたいなぁって思う。アレだろ?みんな『今何してるー?』とかって、連絡し合うんだろ?俺、ゴウキとそれがやりたい」


 友達同士が普通は何をするのか、俺はよく知らない。小学生の頃までは良かったけど、家が色々あって、中学に上がってからはずっと一人だったし。


「なぁ、あられ」

「ん?」


 気付けば、ゴウキの顔が目の前にあった。最近では遠くなっていたゴウキとの距離が、最初の頃みたいに近くなった。お互いの肩が触れる。それだけで、俺は嬉しかった。


「明日休みだろ。ウチ泊まっていけよ」

「いいの?」

「今日、親帰ってこねぇから」

「そっかー!じゃあ行く!」

「塾、終わるの七時だから。待ってろよ」

「うん!塾の前で待ってる!」


 ゴウキが苦笑しながら、俺の頭を撫でた。ゴウキが久々に俺の頭を撫でてくれたのが嬉しくて、俺は顔が変に緩むのを止められなかった。


「あられ」

「なに?」

「バイト。面接受ける前に、俺に相談しろよ」

「なんで?」

「あられ。馬鹿だから、変なのに引っかかりそう」

「ゴウキって良い奴だなー」

「……良い奴なモンかよ」


 頭を撫でていたゴウキの手が、俺のうなじまで下りて来た。ゴウキの熱を帯びた指が、スルスルと俺のうなじを行ったり来たりする。ピリと背中に電気が走ったみたいなゾワゾワした感覚が、俺を襲う。


「ゴウキ?」

「……はぁっ、あられ」


 ゴウキの真剣で熱い目が、俺の目の真正面にある。これは、いつもより近い。ゴウキの気だるげな熱い息が、俺の頬にかかる。

俺、この顔知ってる。ハラムさんに突っ込む、タチの顔だ。


「……ごうき」


 じゃあ、俺は今、どんな顔をしているのだろう。ゴウキの手が首筋から背中に下りてきた。今は、お尻のちょっと上。変な気分になってきた。このままだと勃、


ヴーヴーヴー


「っ!」


 ヤバイと思った瞬間、ゴウキのスマホが勢いよく震えた。何か連絡が来たようだ。


「っち、誰だよ。クソが」


 ゴウキはこっちが戸惑う程、イライラとしながらスマホを手に取ると、画面を見て更に眉を顰めた。


「どしたの?」

「母さん」

「何だって?」

「塾、絶対にサボるなよって。ウザ」


 ゴウキは苛立たし気にスマホをポケットに仕舞うと、ベンチから勢いよく立ち上がった。


「ゴウキが、塾をサボるからだよ」

「……だって、行きたくねぇし」

「今日は行くの?」

「うん、夜。あられと居る時に電話とかかかってきたら嫌だし」

「そっか」


 少し残念だった。もしかしたら、ゴウキは塾をサボってこのまま俺と居てくれるかもしれない、なんて期待してしまったからだ。


「あられ。金やるから。どっか店で待ってろ」

「いい!塾の前で待ってる!」

「暇だろ」

「全然!ゴウキの事考えてたらすぐだから!」

「ぐ」


 俺はゴウキと肩をくっつけて、塾まで歩いた。「ここにいるからー!」と言って手を振った俺に、ゴウキは返事の代わりに片手を上げた。その後ろ姿に、先程の背筋がピリピリする感じが蘇ってくる。

ゴウキ、最近後ろ姿だけでも格好良い。


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