第4話



 その日は、午後から予報通りの雨だった。


俺は傘を持っていない。忘れたのではなく、長年父ちゃんと二人で使っていた傘がぶっ壊れたので、我が家にはもう傘は無いのだ。

 十二月の雨に体温を奪われながら、俺はいつもの公園でゴウキを待った。かなり、寒い。公園の時計はもうすぐ六時を指そうとしている。


「ゴウキ、遅いなぁ」


 最近、動画を見るよりも、ゴウキと喋ってる時間の方が長くなってきた。ゴウキと喋るのは楽しい。俺がスマホを持っていたら、きっと今頃『どうしたの?』ってラインってヤツが出来るのだ。


「スマホ、欲しいなぁ」


 改めて思う。でも、それはエッチな動画が見たいからではない。ゴウキと連絡を取れるようになりたいからだ。最近、家に帰って何かしていると、ゴウキに伝えたい事がたくさん出てくるようになった。スマホさえあれば、すぐに伝えられるのに。


「お金、欲しいなぁ」


 そう、俺がぼんやりと雨に濡れた地面を眺めていた時だ。


「あられ!?」

「ん?」


 ゴウキが此方へと走って来ているのが見えた。


「ゴウキ!」


 来てくれた事が嬉しくて、俺もゴウキの居る方へ走った。ちょうど、公園の真ん中でゴウキとぶつかる。


「何で傘ねぇんだよ!」

「傘壊れて無い!」

「なら帰れよ!こんなに寒いのに馬鹿か!?」


 いつの間にか、俺の頭の上にはゴウキの傘があった。そのせいで、ゴウキの肩と鞄が濡れている。俺はゴウキの方へ傘を押しやろうとしたが、それはビクともしなかった。


「……そんなに動画が見たいかよ」


 ゴウキが苦しそうだ。最近、ゴウキは時々こんな顔をしてくる。その顔を見ていると、俺は不安になるのだ。俺と居ても楽しくないのかも、と。


「動画も見たいけど、俺、ゴウキと喋りたくて」

「俺と?」

「うん。ゴウキはさ、格好良いし、良い奴だから学校に友達いっぱい居るかもだけど、俺は友達とか居なくて」

「あられに友達が居ないなんて嘘だ」


 ゴウキが俺の話に割って入ってくる。その顔は、完全に信じていない。


「嘘じゃない。中学の時からそうなんだ。皆、スマホで連絡し合うから、俺だけ色々情報とか回ってこなくて。ウチってネットもテレビもないから、全然皆と話も合わないし。だから、学校じゃあんま喋る人いない」

「……」

「だから、ゴウキと喋るのは凄く楽しいんだ!」


 俺が笑って言うと、ゴウキは今まで見た事ないような目で、静かに俺の事を見ていた。


「なぁ、あられ」

「ん?」


 いつの間にか、俺の手に温かいモノが触れていた。見てみると、俺よりもずっと大きな手が、俺の手を包むように握りしめていた。


「今日、うち来いよ」

「でも、ゴウキ。塾の時間じゃないの?」

「サボる」

「そんな事していいの?」

「別に好きで行ってたワケじゃねぇし。親帰り遅いし。お前ん家、風呂無さそうだし」

「風呂くらいあるし!」

「お湯出なさそうだし」

「まぁ、出ない時もあるけど」

「……あり得ねぇ。俺ん家で、風呂入ってけよ。動画も死ぬ程見せてやる」

「いいの?」

「いいよ」


 俺を掴むゴウキの手が、どんどん強くなる。絶対に逃がさないって言ってるみたいで、その力強さが、俺には少し嬉しかった。

「でも、今日は動画はいいや!」

「なんで」

「今日はゴウキとたくさん喋りたいから!」

「っ!」


 その日、俺達はずーっとお互いの色んな話をして過ごした。


どうやらゴウキも、学校にはあんまり友達が居ないらしい。それを聞いた俺が「ウソだぁ」って言うと、ゴウキは「嘘じゃねぇよ」って目を細めて笑った。格好良かった。そして、ゴウキも友達が居ないって分かって、少し嬉しかった。


 そして、これは本当に偶然なのだが、俺の誕生日はハラムさんと同じ日だった。それを知ったゴウキは、何故かスマホのロック画面をしばらく眺めると「へぇ、だからか」と満足そうに笑っていた。



そして、その日の帰り。ここ最近で、一番嬉しい事があった。ゴウキが俺に一枚の紙をくれたのだ。


「それ、俺の携帯番号」

「俺ん家、電話ないよ?」

「別に、かけなくていい。それさえ知ってたら、あられからも連絡が取れるだろ」

「っ!」


 ゴウキの言葉に、俺は携帯番号の書かれた紙を何度も見つめた。そうだ。この番号さえあれば、


「いつでもゴウキと繋がれるな!」

「……言い方」


 何故か俺の言葉に、ゴウキは目を逸らしながら俯いた。耳もちょっとだけ赤い。そんなゴウキの隣で、俺はその数字を何度も何度も口ずさんだ。


お陰で、俺はゴウキの電話番号だけは完全に暗記した。


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