第9話 屋上で有彩と弁当を食べる
午前の授業が終わり昼休みになった。今日は舞が入れてくれたお弁当を持ってきているので購買に行く必要は無い。
自分の席で鞄の中から弁当箱を取り出す。蓋を開けると中には俺が作った唐揚げが入っていた。
入れたのは舞だが唐揚げを作ったのは俺。これはどちらの弁当になるのだろうか。兄妹の共同作業か?
ともあれ、美味そうだ。早速食べようと箸を手に取った時、有彩に声をかけられた。
「ねえ、翼君。せっかくだから天気も良いし屋上に行って食べようよ」
「えっ、ああ、別にいいけど」
「よし、行こう」
「ああ、ちょっと待って。弁当箱を閉じさせて」
有彩はすぐに俺の腕を引っ張ろうとする。俺は慌てて弁当箱を包み直すと、有彩に引っ張られるままに屋上へ向かう。
「屋上開いてるかな」
「さっき確認した時は開いてたよ」
「いつの間に……」
と言いかけて俺も前の休み時間に舞と行った事を思いだした。
まさかあの時、有彩も? まさかな。俺と違って彼女はちゃんと着替えていたし、考えすぎだろう。
廊下を歩いていると、いきなり有彩が何かに気づいたように俺を物陰に引っ張りこんだ。
「なんだよいきなり」
「シッ! 静かに!」
有彩は小声でそう言うと唇に人差し指を当てた。
何事かと思って有彩の見ている方向を見るとそこには一人の知らない女子生徒が歩いていた。
「あの子がどうかしたのか?」
「……」
有彩が何も言わないのでジッと見守る。すると彼女の後ろから舞が走ってきて声を掛けていた。
「ねえ、さっきここをおかしな女と……その、かっこいい男子が通っていなかった?」
「さあ、知らないよ」
「チッ、見失ったか!」
舞はすぐに駆けて行ってしまう。俺は声を掛けてもよかったが、有彩に腕を掴まれて口を塞がれていた。
「ひっはほ」(行ったぞ)
「ああ、ごめん」
口から手を離してもらう。
「舞から隠れる必要があったか? それにしても変な奴だな。なんで俺達を追いかけてるんだろうな」
「きっと私が怪しいから尾行しているのよ。だって、私は謎の転校生だからね。怪しまれて当然でしょ」
「そう思うなら自分の素性を全部話せよ」
「それは駄目だよ。だって話したら実はこんなつまらない女だったのかと思われちゃうでしょ? 私はもっと翼君に気にされていたいんだよ」
有彩は笑顔で言う。そんな風に言われるとこっちもどう反応して良いかわからなくなる。
俺が困っていると、有彩は話題を変えた。
「ところで翼君は私と二人っきりでご飯を食べるのは嫌かな?」
有彩は上目遣いで尋ねてくる。俺は少し考えて答えた。
「別に嫌じゃないな。有彩が良いっていうならいいんじゃないかな」
「よし、じゃあ屋上へ行こう」
有彩が俺の手を取って物陰から引っ張り出す。さっきの女子生徒が『あ、綺麗な女の子とどこにでもいる平凡な男子だ』と言いたげな目で見ていたが、特に舞を追いかけて呼んでくるような素振りは見せなかった。
俺達は廊下を進んで屋上へ続く階段を昇っていく。扉を開くと眩しい光が降り注いできた。
今日は晴れているので空は青く澄み渡っている。風も心地よく吹いていて朝より気持ちが良かった。
俺達が屋上に出ると、有彩は少し横に回って梯子に手を掛けた。
「せっかくだからもう少し高い場所に行こうよ」
「どこまで行くつもりだ? 天国か?」
「そこまでは行かないよ。すぐそこ」
有彩は手慣れた様子で梯子を登ると、給水塔の上に登った。
「ここは私の特等席なんだ。前の学校でもよくこうして日本の方を眺めてたんだよ。ここに座ってお昼を食べながら景色を見るのが好き」
「有彩は外国から来たのか?」
「ん!? ああ、今のは聞かなかった事にして。私は謎のヒロインだから」
「さっきの授業でボーっとしてたのももしかして日本語が分からなかったから?」
「ノーコメントです」
「有彩がそう言うなら……でも、分からない事があったら俺に訊けよ。隣にいるんだから」
「うん、そうする……」
「確かにここからの眺めは良さそうだな」
俺は何だか気恥ずかしくなって景色の方へと目を移す。
外国にいる両親までは見えそうにないけど、遠くまでは見えた。
俺が答えると、有彩は満足そうな顔を浮かべる。そして弁当箱を開けた。
「ふっふーん! 今日は翼君の好きな唐揚げを入れてきたんだよ!」
「おお、ありがとう」
「誰もあげるとは言ってないけどね」
「ええ!? くれないの?」
「どうしよっかなー」
俺は有彩と笑い合うと、彼女と同じように弁当箱を開ける。中に入っている唐揚げはとても美味しそうだ。
「……って、翼君のにも唐揚げ入ってるじゃん」
「俺の好物だからな」
「妹さんに作ってもらった?」
「違うよ。俺が作った」
俺の言葉を聞いて有彩が驚いた顔をする。
「翼君料理できるの!? 凄いなぁ」
「うちは両親が外国に行っていて留守だから妹と二人で家事を回しているからね。俺も舞もそれなりには出来るんだ。まあ、あんまり上手くはないけどな」
「そんなことないと思う。私もこっちには一人で来てるから自分で料理したけど翼君の方が絶対に上手だと思うな」
有彩は興奮気味に言う。そんなに褒められると照れる。うちの妹と来たら何も言わずにもくもくと食べるだけだからな。
「そう思うか?」
「食べ比べてみる?」
「そうしようか」
俺達はお互いの唐揚げを交換して食べてみた。
「うん。有彩の方が美味しいな」
「本当? 嬉しいな」
有彩は心底嬉しそうな笑みを浮かべると、今度は自分の卵焼きを箸で掴む。
「じゃあ、これはどうかな」
「お、くれるのか?」
「美味しいと言ってくれたからね。お礼だよ」
「じゃあ、俺はこのミートボールをやるぜ」
「ミートボールなんてどれも同じじゃないかなあ……」
有彩はそう言いながらも俺の差し出したミートボールを口に入れた。
「うわ、何これ! 美味しい!」
「だろう? 実は隠し味があるんだ」
「え、嘘、なになに!?」
「それは秘密だ。明かすと隠しじゃなくなるからな」
「ケチ―」
有彩は口を尖らせて拗ねるが、すぐに笑顔になった。コロコロ表情が変わる子だなと思った。
それから俺達は他愛のない会話をしながらご飯を食べていた。すると突然、有彩がシッと黙るように指を立てた。
俺は沈黙する。何だろうと思ったが理由はすぐに分かった。
俺達のいる給水塔の下で突然ドアがバァン! と開いたのだ。しばらくして聞こえてくる少女の声。
「ここにもいないか。どこにいったんだろう」
少女は階段を降りていく。気配が去るのを待ってから俺達はホッと息を吐いた。
「今の舞だったよな。多分だけど俺達を探しているんじゃないだろうか」
「かもしれないね。でも私は気にしないでおくよ」
有彩は平然としていた。しかし、俺としては気になるところである。
「いいのか? 後で絶対に何か言われるぞ」
「別に大丈夫。私は今翼君と二人でいたいんだよ。翼君は私と二人は嫌?」
「そう言われてもな……」
舞はきっと俺が有彩と一緒にいるのを心配しているのだ。
有彩の正体が不明で彼女が何の目的で近づいてきているのか分からないから。
だとしたら有彩と二人だけでここにいるのはまずいんじゃないだろうか。
俺は心配を押し隠し、彼女に注意を促す事にする。
「……舞に怒られても知らないからな」
「大丈夫。私が謝れば舞ちゃんは許してくれるよ。良い子だから。それに私はただ本当に翼君と二人でいたいだけだから」
……本当にそれだけだろうか。少しだけ不安が残る。
だが、今は有彩を信じよう。もし何かあったらその時に考えればいい。
「じゃあ、続きを食べるか」
「うん」
そして、俺達はまた弁当を食べるのを再開する。
有彩との昼食は楽しくてあっという間に時間が過ぎていった。
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