第10話 有彩との秘密
食事が終わったので教室に戻る事にする。
最近はいろいろ慌ただしかったが、昼休みが終わるまではまだ時間に余裕がある。久しぶりにゆっくり出来そうだ。
そう思っていたが、廊下を歩いて教室に入ると俺の席で舞が待っているのが見えて、俺は慌てて首を引っ込めた。
どうやら俺達を見つけられないとみて、作戦を待ち伏せに切り替えたようだ。
上級生の教室にいて居心地が悪くないんだろうか。様子を見ていてもムスッとして動きそうにないので俺は覚悟を決めて近づく事にした。
「何をやってるんだ、舞。ここはお前の教室じゃないだろう?」
「やっと戻って来たね、お兄ちゃん。今までどこに行っていたの?」
「ああ。ちょっと有彩と話をしていたんだ。それでどうしたんだ? 何か用があって来たんだろ?」
「別に何もないよ。二人の姿が見えないからお兄ちゃんがどこかに連れていかれたんじゃないかって探してたの。どこに行ってたの?」
「な……中庭かな?」
場所の質問からは逃げられなさそうだ。
だが、ここで馬鹿正直に答えて二人の秘密の場所を潰すほど俺は愚かではない。しかし、俺のついたささやかな嘘は舞を怪訝な顔にさせただけだった。
「中庭は探したんだけど」
「きっと見落としたんだよ。ほら、お兄ちゃんって存在感薄いからさ。いてもいなくても変わらない空気って奴というか」
「うーん、そうなのかなあ」
「そうそう、その通り。きっとクラスのみんなはこれで納得するよ。それより、もうすぐ授業が始まるけどいいのか? サボりはよくないと思うなあ」
「ぐっ……。仕方がない。自分の教室に戻るよ」
「ああ、またなー」
時計を見ると昼休みの残り時間は少なくなっていた。舞は仕方なく席を立つ。
彼女が教室を出ていくと俺はホッと息を吐いて肩の力を抜いた。有彩は隣の席についてクスクスと笑っていた。
「舞ちゃんって本当にお兄ちゃんの事が好きなんだね」
「止めろよ、恥ずかしい。さっきは何で助けてくれなかったんだよ」
「いてもいなくても変わらない空気になってたの」
「まったく……まあ、変にこじれるよりはいいか。兄妹が仲が良いなんて普通だろ?」
「ふーん、そうかなあ。そうかもね。でも、翼君は私の物だから。舞ちゃんには渡せないよ」
「またそうやってからかう。お前の冗談にいつまでもドキドキする俺じゃないぞ」
嘘です。本当はドキドキしてます。でも、それを悟らせないのが男というものだ。
「えー、残念。翼君にサービスしすぎたかな」
「え」
「なんてね」
「こら、ひっつくな」
そうこうしているうちにチャイムが鳴る。生徒達が慌ただしく動き、俺と有彩も離れて自分の席に着いた。
チャイムってボクシングのラウンド終了の合図みたいだな。俺は隣の席の有彩を見つめ、気づかれて窓の外を眺めながらそんな事を思うのだった。
午後の授業が始まった。授業中に有彩の様子を伺うが何かを仕掛けてくる様子はない。今度は真面目に授業を受けている。
科目が数学だからだろうか。有彩は外国から来たらしいが、その割には日本語がわりと上手だし、名前だって日本人だ。
もしかしたら外国で日本人の知り合いがいるのか、父さん達のように親が外国の仕事をしているのかもしれない。
(隠し子か……まさかな……)
そんな事を考えていると目が合って嬉しそうに微笑みかけてくる。だが、すぐに前を向いてしまう。それが少し寂しかった。
それにしても午後の授業は眠たいな。先生の声が子守唄のように聞こえて意識が飛びそうになる。
寝たらダメだと思えば思う程、睡魔に襲われる。
今日は朝からいろいろあって疲れているからな。まだ有彩が来て一日しか経っていないのにものすごく濃い体験をしている気がする。
俺って何でこんなに有彩にモテてるんだろうな。彼女の正体は何者なんだろう。ただの隣に越してきた転校生というだけでは説明が付かない。
有彩は俺の何に惹かれたんだろうか。
俺は有彩の事をほとんど知らない。知ろうとしなかっただけかもしれない。
だけど、今は知りたいと心の底から思った。
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