第8話 屋上で舞に詰問される
風の吹く屋上。
穏やかな天気だが、心なしか寒く感じる季節。
さっきは死神かと思って焦ったが相手は妹だ。俺は兄として冷静に接してやる。
「それで、なんの話だ?」
「あのさ、有彩さんと仲が良いみたいだけど……」
やっぱりそれか。
「別に普通にクラスメイトとして仲良くなっただけだ」
「嘘つきなさいよ。今まで友達なんて一人もできなかったじゃない」
妹は呆れたようにため息をつく。
どうしてそこまで言われないといけないのだ。
「本当だって。俺だって友達ぐらい作れるんだぞ」
「ふぅん、本当にそうなのかなぁ。あたし、見ちゃったんだよね」
「何を?」
「二人が抱き合っているところを」
「……」
いや……………………抱き合ってはいないだろ? 手を繋いだり、ベッドに入ったりしただけで。
「抱き合ってはいないだろ!?」
「何か沈黙が長くて声が上擦ったような」
「お前がおかしなカマを掛けるからだ。早く本題に入れ。お兄ちゃんは着替えないといけないんだから」
「はいはい。分かったよ。……有彩さんってさ。誰かに似ている気がしない?」
「誰かって芸能人とか?」
「そうじゃなくてもっと身近な……ほら、いるでしょ?」
「いるでしょって言われても、俺の身近にいるのなんて、舞か両親か……まさか!」
「お兄ちゃんも気づいたようだね」
「有彩は父さんの隠し子だった!?」
「そんなわけないでしょうが!!」
ずべし! 舞から肘鉄を戴いてしまった。俺は慌てて弁解する。
「冗談だって。でも、身近って言われても有彩に似ている人なんているかな。俺には全然似てないし。……もしかしたら有彩は舞の変装した姿だった? さっきも廊下で見送ってから出てきたし」
「何でよ。今朝は一緒に登校したじゃない」
「だよな。じゃあ、有彩の正体は何者なんだろう」
「お兄ちゃん、気づいていて意図的に無視してない?」
「そんな事はないぞ。お兄ちゃんは鈍感主人公なんだ。ラノベ主人公なんだ。ん? 何か言ったか?」
「何も言ってないけど」
そんな事を言っているうちに二時間目の始まるチャイムが鳴ってしまった。俺達兄妹は二人して慌ててしまった。
「大変! 授業が始まっちゃうよー!」
「着替える時間が無くなったじゃねえか!」
「お兄ちゃんが鈍感主人公なせいだよ!」
急いで階段を駆け降りて舞は自分の教室へ、俺も自分の教室へ向かう。
何とか先生の来る前に自分の席に着く事ができた。
隣の席に座って制服姿になっていた有彩は俺を見て笑って言った。
「着替えてないじゃん、翼君」
「妹に呼び出されてたんだ」
「ふ~ん。二人って仲が良いよね」
「そんな事は無いぞ。どこにでもいる平凡な普通の兄妹だ」
「またまた照れちゃって。可愛いな翼君は」
有彩は相変わらず、俺をからかってくる。俺はそれを適当にあしらう。
彼女の正体は何者なのか。
そんな事はもうジャージ姿で授業を受ける破目に陥った事に比べたらもうどうでもいい事かもしれなかった。
みんな制服に着替えているのに俺だけジャージで肩身が狭い。
今からでもどこかに隠れて着替えてこようかと腰を上げかけたところで先生が来て、俺はすぐに上げかけた腰を下ろした。
先生はちょっと視線を向けてきただけで何も注意しては来なかった。
そして、二時限目の授業が始まった。
俺は有彩をチラッと見る。有彩は楽しそうに黒板の方を向いていた。
俺は少し安心して、次の瞬間、絶望した。
有彩はノートを取り出して真面目に授業を受けているように見えた。
だが、そのノートは白紙だった。
有彩は授業を聞いていないようだった。ただボーッと見ているだけだった。
有彩は一体何を考えているのか。
普段の俺と同じ空想の考え事をしているのだろうか。
いや、きっと違うだろうな。頭の良い有彩はきっとこんなつまらない授業は聞くまでも無いのだ。
俺みたいに勉強なんて社会に出て役に立たないしと現実逃避しているわけではない。
ただ、俺とは違って前向きに考える事があるだけなのだ。
じっと見つめていると有彩に気づかれた。俺は慌てて教科書で目線を隠す。
俺達は相手の事を知らないまま、この先ずっと関わっていく事になるのかもしれない。
有彩の正体が分かるのはいつになるのだろうか。
それとも分からないまま終わってしまうのだろうか。
分からない事だらけだけど今はとりあえず授業に集中する事にしよう。
そうすれば余計な事を考えずに済むから。
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