第7話 体育の時間

 1時間目の体育の時間。

 慌てて来たが、先生はまだ来ていなかった。

 良かった。遅刻は免れそうだ。胸を撫で下ろす。

 始まるまでの僅かの時間、じっと立っていると有彩が近づいて話しかけてきた。


「翼君、遅いよ」

「すまない。ちょっと色々あってな」


 体操着姿の彼女にちょっとドキッとするが、あえて気にしない振りを装う。

 鼓動が上がっているのは急いで来たからなのだ。そうなのだ。


「ふーん、大変だね。それで翼君の今日の種目は?」

「男子は今日はサッカーらしい」

「へぇ~、私はサッカーやった事無いけど頑張るよ」

「いや、女子は体育館でバレーボールじゃなかった?」

「え!? あ! 間違えちゃった? どおりで女子がいないと思った!」


 ははっ、有彩は可愛いな。

 有彩は天然な所がある。そこが彼女の魅力でもあるのだけれど。

 その頃には俺も大分落ち着いてきていた。


「でも大丈夫だよ。有彩は可愛いから今から行っても先生は許してくれるよ」

「可愛いって心強い」

「自分で言うなって。それよりほら、急げよ。こっちの先生も来てしまうぞ」

「うん、分かった。サッカー頑張ってね、翼君」


 有彩は素直に走って行った。

 途中で振り返るが、さっさと行けと手で追い払ってやる。

 有彩は元気でいい子だ。ただ、ちょっとだけ危なっかしいところはあるな。

 そんな事を思っていると、チャイムが鳴って先生がやってきた。俺は急いで自分の整列する場所に行った。




 今日の体育はサッカーだ。

 授業が始まってすぐ、ボールがこちらに向かって飛んできた。

 俺はそれを取ろうとしたが、運動神経そこそこの俺では追いつけない。


「ごめんなさい」


 俺は謝りながらボールを拾う。

 その時、その生徒が俺を見てニヤリと笑った気がした。……まさかとは思うが、俺を狙っているのか?

 疑念はすぐに確信に変わる。


「今日は翼にボールを回してやろうぜ」

「彼女の前でかっこいいところを見せてみろよ」


 これは虐めなのか? それとも励ましなのか? とにかくやるしかない。


「見てろよ、俺のスーパーシュート! うわあ、弾かれた!?」


 俺のへろへろボールなんて簡単に止められてしまう。蹴り返されて、ボールはすぐに俺の頭の上を越えていってしまう。


「何やってんだよ翼ぁ!」

「止まるんじゃねえぞ」

「ごめん、次こそ決めるよ」


 そんな感じでみんなでサッカーを続けていった。




 結局一点も取れなかった。


「くそぉ、あと少しだったのに」

「ドンマイだ、翼。また明日挑戦しようぜ」

「そうだな」


 いや、明日は体育無いし、休み時間には絶対にグラウンドに出ないようにしよう。俺はそう固く決意する。


「ああ、せっかくボールを持たせてもらったのにもっと運動神経が欲しいよ」


 俺は肩を落としてみんなの輪から抜ける。

 水道で手を洗って教室に戻ろうとすると、途中で有彩と出会った。


「有彩」

「翼君。良かった、翼君から声掛けてくれた」

「そりゃ掛けるよ」


 掛けて良かったんだよな? 周りを伺ってみるが誰も睨んできてはいなかった。

 俺は安心して言葉を続ける。


「女子のバレーはどうだった? ちゃんと出来たか?」

「うん、楽勝。もう私一人で十分じゃないかなってぐらい」


 それは凄いな。俺がもし体育館の同じコートにいたら惚れているかもしれないくらい格好良い。

 相手のコートにいたらビビるだろうが。


「有彩は本当に凄いな。さすが自称スポーツ好き」

「えへへ。それほどでもないよ。翼君は何か必死にグラウンドを走ってたね」

「見てたのかよ!」

「体育館からでもグラウンドは見えるからね。ああ、弾かれたー取れなかったーって」

「恥ずかしいところばかり見てるんじゃねえよ。……それより早く行かないと休憩時間が終わっちゃうんじゃないか?」

「あっ! そうだね。急ごう」


 俺達は一緒に教室まで歩いて行く。すると、突然有彩が立ち止まった。


「あ、男子は着替え中だったね」

「ああ、終わるまで待っててくれ。……って、お前も更衣室で着替えてこいよ!」

「あ!? そうだったね」

「天然か?」

「違うよー。あなたが歩いていくから一緒に付いてきちゃっただけ」

「そうか。学校では人の目があるからあんまり俺についてこない方がいいぞ。噂とかされると恥ずかしいだろ?」

「そうだね」

「ほら、さっさと行け」

「じゃあ行ってくるよ~。また教室で会おうね」


 有彩は駆け足で廊下を走っていった。

 全く、元気な奴だな。

 走るなと注意した方がいいかもしれないが、もう行ってしまったし、有彩ぐらい可愛ければ笑って許してもらえるだろう。

 彼女を見送って、俺はゆっくりと歩きだそうとして……教室のドアを開く前にドス黒いオーラを感じて振り返った。


「お兄ちゃん、有彩さんと随分と仲良くしているねえ」

「なんだ、舞か。びっくりした……(死神かと思った)何で上級生の階にいるんだ?」

「心配だから様子を見に来たに決まってるじゃない。まあいいや。ちょっと話したいことがあるんだけど、付き合ってくれるよね」

「ああ、いいよ。着替えてからな」

「今から! だよ」

「ええ!? 今から!?」


 時間は気になるが、断れるような雰囲気ではない。

 俺は妹に連行されるようにして、屋上へとやってきた。

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