第6話 転校生の秘密
やがて朝のホームルームが始まった。教壇に立った先生が案の定「転校生を紹介するぞー」と言った。
たちまち教室にいる生徒達の華やいだ歓声が上がった。
「男かな? 女かな?」
「とびっきりの美少女に決まってるぜ!」
「きっとイケメンの王子様よ!」
「いや、ポリコレに配慮した不細工かもしれないぞ」
わいわいと盛り上がる。
先生の「男子は喜べ。女の子だぞ」という言葉で女子の歓声がぴたりと止んだ。
やがてドアが開いて転校生が入ってきた。とびっきりの美少女のオーラでそれでまた目を輝かせる女子もいた。
「高嶺有彩と言います。これからよろしくお願いします」
有彩は丁寧に礼儀正しく挨拶した。男子は皆、有彩に視線を奪われている。女子の中でもほうと息を吐く者もいた。
舞の心配は的中していた。本当にこのクラスに転校してきた。
今すぐ舞に携帯で連絡した方がいいだろうか。いや、妹も今はホームルーム中だから迷惑になるだろう。ここは様子を見る事にする。
有彩は可愛いし明るい性格だから、男子人気は凄そうだ。でも、舞が言っていたように少し怪しいところがある。そこを注意して見てみよう。
有彩は黒板に名前を書くと、教室のみんなの方を振り向いて微笑みかけてきた。
その笑顔を見て俺はドキッとした。やっぱり有彩は可愛い。まるで天使のような愛らしさだ。
「じゃあ、高嶺さんの席は……風岡の隣が空いてるな」
「あ……空いてる!?」
先生が指差したのは俺の隣だった。有彩に気を取られていて俺は隣が疎かになっていた。衝撃の事態にびっくりしてしまう。
隣空いてたっけ? いつから空いてたっけ? 思いだせない……
いくら俺が他人と関わらないぼっち野郎だからってこんな事がありうるのだろうか。
確か休み時間には誰か座っていた生徒が……いたはずだ。誰だったかは知らないけど。
「はい、分かりました」
有彩はこちらに向かって歩いてきた。そして隣の空席に腰掛けた。
「よろしくね、翼君」
「いや、俺は騙されないぞ。そこは確か……誰か名前と顔は思いだせないけどクラスメイトの席だったはずだ」
「えっ?」
有彩はきょとんとしている。俺の言葉の意味がよく分かっていないようだ。
「友達だったの?」
「いや、そうじゃない」
「名前は?」
「知らんけど」
「顔も」
「覚えてない……」
こんな事ならぼっちなんてせずに声を掛けて友達になっておけばよかっただろうか。
出来ない事を考えていても仕方がない。
「分からない事があったら風岡に聞くようにな」
先生は笑いながら手を叩いた。
「はい、ではホームルーム終わり。今日は一時間目から体育で移動だ。遅れないようにな」
先生はさっさと行ってしまった。残された俺は戸惑ってしまう。有彩も迷っている様子だったが、すぐに気を取り直したらしく話しかけてきた。
「ねえ、翼君は運動とか得意?」
「んー……普通かな。あんまり好きではない」
「そうなんだ。私は結構好きなんだよ」
「へぇ、意外だな」
「何で?」
有彩は首を傾げた。
「いや、有彩は明るくて社交的なタイプに見えるから、もっとダンスとかピアノとか上品な感じのが好きかと思ってた」
「私って上流階級のお嬢様みたいに見える?」
「見えるかどうかって言うと美少女には見える」
俺は周りの視線を気にしながら言葉を選んで小声で言った。幸いにも俺達の席は一番後ろの窓際なので他人の視線はすぐ見える。
舞がいたら主人公の席だねと笑っただろうが、実際には誰にも影響されないオセロの角のような存在である。
寂しいが、挟まれるよりはマシだろうか。
たまにチラチラ見る生徒はいたが、こっちを見ていなくても耳をそばだてている可能性もある。発言には注意する。
「ふふん、それはちょっと褒め過ぎだよ」
有彩は嬉しそうにしている。そんな風に言われる事に慣れていないのかもしれない。
「そんなに褒めたつもりはないんだけどなぁ……美少女なのは確かなんだし」
これにはこのクラスの男子みんなが賛同してくれるはずだ。
「そっか、翼君は私の事をよく知らないもんね」
「そういえばそうだったな」
俺は確かに有彩について何も知らない。どうして俺に構ってくるのか、何故転校してきたのか、家で何をしているのか……
「ねぇ、翼君。良かったら体育で一緒に組まない?」
「いや、体育は男女で別だろう」
「あっ……」
ありがたい申し出だがそういうことなので、俺のぼっちは晴れることはない。
有彩はしまったという顔をして固まっている。
「うぅ……せっかくのチャンスなのに」
有彩は悔しがっている。やはり彼女は何か企んでいるのだろうか。
「とにかく」
俺は話を打ち切る事にする。
「女子の着替えは更衣室だぞ。教室は男子が使うから早く出ていきなさい」
「わ、分かってるよ! 翼君のいじわる!」
有彩は頬を膨らませて怒っている。可愛いなと思った。
彼女が出ていってから今まで一度も口を聞いた事の無いクラスメイトの男子達がなぜか俺の周りに集まってきた。
「おい、お前。なんで高嶺さんと仲が良いんだよ」
「しかも呼び捨てにしてたぞ。どういう関係なんだ」
「まさか付き合ってるとか言わないよな」
「くっ、羨ましいぜ」
彼らは嫉妬の目で睨んでくる。この教室はオセロではない。角にいてもひっくり返りそうになる。
俺は何とかこらえて返事をした。
「別に仲良くなんか無い」
「嘘つけ、あんな美少女と二人っきりで過ごしておいて良く言えるな」
「ただの幼馴染みだ」
「本当なのか?」
男子達はまだ疑っているようだ。
本当は嘘だが、俺や舞だって最初は『小さかった頃に一緒に遊んでいた男だと思っていた幼馴染?』と思ったのだから通じるはずだ。
この言い訳で通させてもらう。
「ああ、本当だ」
「じゃあ、高嶺さんのスリーサイズを教えてくれ」
「いや、それは……」
「言えないならやっぱり怪しいぞ」
「分かった。教える。教えればいいんだろう」
だが、知らない。何と言えばいいんだ。
「えっと……上から九十・五十二・八十九。だと思う」
苦し紛れに適当な数字を言う。何かのアニメかゲームでこんな数字が出ていたような気がする。
よく覚えてないけど。
「ほぉ~」
男子達は感心したような声を出した。
「流石は高嶺さんだ。ナイスバディじゃないか」
「それに引き換え舞ちゃんは……」
「ん? 妹がどうかした?」
「まあまあ、翼は小さい方が可愛げがあって好きなんだろ」
『いや、別に』と答えると場が荒れそうなので、俺は無言で立ち上がった。
「どこに行くんだ?」
「授業の前にトイレに行ってこようと思って」
「そうか、ゆっくりしてこい」
「俺達は先に運動場に行ってるからな」
笑う男子達に見送られて俺は教室を出ていった。足早に廊下に出て階段を下りて行く。
なんとか切り抜けた。俺はため息をつく。
でも、まだ油断はできない。
有彩が俺を好いて付き合いたがっている事はあまり人には知られたくない。俺と彼女とついでに舞だけの秘密にしておきたい。
俺は急いでトイレに入った。そして、着替えて落ち着いたところで、
「幼馴染だからって、スリーサイズを知っている必要はないんじゃないか?」
と気づいたが、もう後の祭りだった。
まあ、適当に言っただけだから、本人に迷惑は掛けてないだろう。
用を済ませてトイレを出ると、そこで舞が待っていた。
「うわ、舞。どうしたんだ? もうすぐ授業始まるぞ」
「後三分。だから手短に話すよ。有彩さんは?」
「俺のクラスに転校してきた」
「やっぱりそう来たか。そうなると思ってた」
舞は眉間にシワを寄せている。
「有彩ってやっぱり何かを狙ってるのか?」
「だと思う。例えばさっきお兄ちゃんが女子更衣室に行くように促したとき、彼女は一瞬固まったでしょ」
「そういえば確かにそんな感じだったな。それが怪しいのか?」
「うん。普通に考えれば、すぐに着替えに行くはず。なのに有彩さんは一瞬とはいえ迷った。まるでまだ教室にいたいみたいにね」
「なるほど。確かに変だな」
変なのか? ただ俺と一緒にいたいだけだと思うが。
それを言うとまたモテないのにと突っ込まれそうなので黙っておく。代わりに質門する。
「狙いは何だと思う?」
「お兄ちゃんの脱いだ服とか下着かな」
「なんでだよ!」
下着までは脱がないよ。突っ込みたいが、舞は真剣に考えている。
「あの女の思考回路は分からないよ」
「お前だって似たようなものだよ」
「え!?」
「いや、今のは失言だった。忘れてくれ」
「とにかく……ああ、もう、時間が無いな。とにかく有彩さんには気を付けてよ」
「分かってる」
俺達が話して間に休み時間は残り1分を切ってしまった。
妹を見送って俺も急ぐ事にする。
今からグラウンドに行って間に合うのか? とにかく急ぐしかなかった。
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