最終話「精霊姫は魔王陛下のかごの中」

「――こうして、精霊姫さまは魔王陛下といつまでも幸せに暮らしましたとさ」


 ぱたん、と絵本を閉じる。

 胸元では男の子と女の子の双子が、目をきらきらに輝かせて父を見つめていた。眠気なんてどこかに忘れてきてしまったと言わんばかりの表情に、父は思わず苦笑する。


「パパ、もういっかい! わたし、へいかとダンスをおどるところがいい!」

「えー、ぼくは『まおうへいか』が剣でせいれいをやっつけるところがききたい!」

「まったく……任務で遠方まで足を伸ばしたかと思えば、わざわざ持ってきた絵本がコレとは」


 侍女が土産にと持ってきた絵本に思うところがあるらしい父は微妙な顔をするが、双子にとっては最高のお土産だった。一番面白くて大好きで、何度でも聞きたくなるお話なのだ。もう一度、と二人そろって父親に飛びついたところで、寝室の扉が開く。

 入ってきたのは夜着にガウンをまとった女性だ。はしばみ色の髪を簡単にまとめた彼女に気付き、子ども二人がベッドから飛び出した。


「ままー!」

「ままだっ!」


 それぞれが左右の手を取ってベッドまでぐいぐい引っ張る。


「いまね、絵本読んでもらってたの!」

「もう一回読んでもらうの!」


 いつの間にかもう一回が決まっていたことに父が苦笑し、それに合わせて母も穏やかに笑った。彼女がベッドに腰を下ろすと、その体が夜の空気で冷やされていたことに気付いたらしい父が心配そうな顔をする。


「外に行ってたのか。寒くないか?」

「ええ。『満月がアタシを呼んでる』って聞かないから、少しだけですよ」


 彼女にずっと寄り添い、しかし彼女以外には姿の見えない者が、わがままを言ったらしい。


「警備もつけずに。何かあったらどうする」

「あら、何かなんてないですよ」


 ハッキリと言い切った彼女は、思わずどきりとするような笑みを零した。


「あなたが即位してから犯罪率は激減。他国にまで『世界一平和な国』なんて言われてるじゃないですか」

「魔王の国とも呼ばれてるけどな」


 苦笑気味に返すが、母はニッコリ笑った。


「魔王陛下の加護の中にいれば、安心安全です」

「窮屈じゃないか?」

「全然。むしろ広すぎて寒いくらいです」

「それじゃあ温めないとな」


 にっこり微笑み、優しく抱きしめた。

 仲睦まじい二人のやりとりに、双子がくすくす笑う。

 両親をベッド中央へと引っ張っていった二人は、侍女に貰ったお気に入りの絵本を差し出した。

 ぼんやりとしたランプの灯りに照らされて、大きな鳥と竜を従えた男女の表紙が静かに光る。

 いくつかの国で大人気となっているこの絵本は、ワガママな妹や父、そして自分勝手で意地の悪い第一王子夫妻に悩まされながらも諦めず、一生懸命に前を向いて幸せになるお姫様のお話だ。


 いくつもの国の言葉に翻訳され出版されているこの絵本は、作者の意思で売上のほぼ全てが孤児院や救護院に寄付されている。作者自身も貴族の出身で、隻腕ながらも有能な領主に嫁いでいるためお金には困っていないらしい。

 ではなぜ絵本を作ったのかと言えば、作者自身が精霊姫の信奉者を自称しているからだ。綺麗な挿絵や選び抜かれた言葉は、精霊姫のためだけに磨いたと豪語するほどである。

 その甲斐もあってか、最近では募金代わりに貴族たちが豪華な装丁で作らせるのが流行っていた。


 両親で双子を挟むようにベッドに横たわると、表紙を開く。裏表紙には多くの人が首をかしげる献辞文が綴られていた。


『精霊姫に捧ぐ、限りない敬愛とあの時に伝えられなかった贖罪を込めて』


 届くかどうかも分からないのに絶対に削らなかったという献辞。誰に訊ねられても意図を喋ろうとしなかったらしいそれに苦笑しながらもページをめくり、題名を読み始めた。

 騒いでいた双子がぴたりと声を止める。

 父の腕をまくらにして、幸福に満ち溢れた穏やかな母の声に耳を傾けた。


「『精霊姫は魔王陛下のかごの中』。――むかし、あるところに……」


〈Fin〉

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【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~ 吉武 止少 @yoshitake0777

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