第23話

 電車の中、少し小さめの座席に僕と彼女は並んで座っている。

 彼女は頭を少し僕の肩に持たれかけ小さな寝息を立てている。

 知らない人から見れば、僕らは恋人に見えるだろう。

 それは自分にとって、どれだけ幸福なことだろう。

 ジッと自分の手を見る。

 初めて人を殴った。

 あんなに痛いなんて思わなかった。

 いや、殴られた彼の方が痛かったのかもしれない。

 あのおじいさんは平気だったろうか。

『聞こえるかい?』

 僕が考えを巡らせていると、頭の中に母さんの声が響いてきた。

「はい、聞こえます・・・・・・」

 隣で寝ている彼女を起こさないように小さな声で答える。

『あんた、母親の私を裏切ったのかい?』

 棘のある言い方に僕の背筋は凍り付く。

「すいません・・・・・・」

『私はあんたに言ったのは「父親の抹殺」のはずだったんだけどね』

「・・・・・・」

『今回の件が上手くいけば兄弟に会わせてあげたのに、裏切るなんて、なんて親不孝な息子だい』

「・・・・・・いつも・・・・・・いつも、そう言って最後は会わせて貰えないじゃないですか・・・・・・」

『それはあの父親があんたの兄弟を殺しているから、あんたの隣にいる女だってそうさ、何度もあの男に体を』

「言わないで下さい!」

『何だね! 母親に向かってその言い方は!』

「すいません・・・・・・でも、聞きたくないんです」

『ふん、まぁいい、あんた、戻ってくる気はないんだね?』

「はい、僕は彼女と、何処か遠くで暮らします」

『そうかい・・・・・・じゃあ、最後に本当の事を話してやろうかね』

「え?」

『全ては私の手の中の出来事だったのさ、父親の事、母親の事、あんたの事も、多少のイレギュラーはあったが概ね予想通りの展開になったよ。まず、父親を乗せるのは簡単だったね。私のらくらくホンから一本電話して、空き地に誘い込んで糞の役にも立たない怪人を出しておけば勝手に調子に乗ってくれた。自分に存在意義なんて初めからないのに「家族を守っている」なんて戯言を言い出した。母親も単純だったね。あんたを近くに置くだけで色めきだして、最後には駆け落ちかい? ご大層なこった。そして、あんたはいや、怪人一号と言うべきかしらね』

「怪人・・・・・・」

『そう、あんたは怪人だよ。大金をつぎ込んで生まれた怪人第一号さ! そう! 全ては今日のためにね! あんたは優秀だったよ。忠実に私の為に働いてくれていた。あんたが働いてくれたおかげで、糞の役にも立たない怪人が次々と生まれていったんだよ! そう! 父親に殺されるためだけに生まれるあんたの兄弟がね! あんたも馬鹿だね! 私の言葉を真に受けて! 自分が働けば働くほど兄弟を殺すことになることも知らずに!』

「くっ・・・・・・」

『さて、あんたに教えるのはここまでさ・・・・・・なんだかんだ好き勝手言ったがね、後はあんたの人生だ自由にその女と人生を歩みな』

「母さん・・・・・・」

『そうそう、通信を切る前に一つ言っておくよ。あんた、後十秒で死ぬよ』

「なんだって!」

 僕は席から立ち上がる。

「・・・・・・どうしたの田中君?」

『けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』

「母さん! 母さん!」

 ぶっ、と音がして通信が切れた。

「田中君? どうしたの? 母さんて?」

 彼女が僕の体を揺する。

 頭が、白くなっていく感覚。

「田中くん! タナか君!」

 彼女の声がだんだん遠くなって・・・・・・

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 線路の上、私は田中君に膝枕をして座っている。

 頭を撫でると、金髪の髪が指に絡む。

「田中君、私、あなたに出会えて良かった」

 優しく声をかける。

 彼から返事は帰ってこない。

「ねぇ、次に生まれてくるとき、私達、またこうして会えるかな」

 遠くに電車のライトが見える。

「次は同い年がいいな・・・・・・なんて、今の年齢差でもいいけど・・・・・・」

 ゆっくりと音が近づいてきている。

「見て田中君・・・・・・」

 電車のライトが近づいて、

「綺麗だね・・・・・・田中君」



「田中君・・・・・・大好きだよ」

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