第21話
「凄いわね・・・・・・」
二丁目の空き地に来ると以前には置いてあったはずの土管がいつの間にか撤去されていて、何もない本当の更地になっていた。
今の時間は九時半、今日が楽しみすぎて約束の時間より早く来てしまった。
「服装・・・・・・おかしくないかな・・・・・・」
家を出る前に一時間ほど鏡とにらめっこして確認したはずなのに今になって、不安が押し寄せてくる。
膝上のスカート履くの何て何十年ぶりかな・・・・・・
年相応の格好にしておけばよかったかな。
今ならまだ間に合うよね。
「おはようございます」
「ひっ!」
後ろから声をかけられて変な声を出してしまった。
「すいません。お待たせしてしまいましたか?」
後ろを振り返るとチェックのポロシャツとジーンズに身を包んだ彼がそこにいた。
「いっ、今来たばっかりだから大丈夫よ!」
しどろもどろになりながら返事をする。
「それならよかった・・・・・・あの・・・・・・可愛いですね」
「え?」
「その・・・・・・スカート・・・・・・」
私は下を向いて自分のスカートを見る。
「あははっ、おばちゃんが履いてると可愛いスカートも台無しだねー」
「そんなことないですよ。とてもよく似合ってます」
「そう、嫌だったら履き替えてくるけど・・・・・・」
「時間がもったいないですよ。ね、行きましょう」
私に背を向けて歩き出す彼。
しかし、その足はすぐに止まった。
「あー、すいません・・・・・・何処に行くのかわからないんだった」
軽く笑う彼の顔を見て私も軽く微笑む。
歩きながら今日行くところを説明していると彼は目を輝かせながら私の話を聞いてくれていた。
「僕動物園初めてです!」
「パスタって何ですか?」
「そんな高い場所に上れるんですか・・・・・・」
彼の一つ一つの返答はとても新鮮で説明をしている私も嬉しくなってしまう。
驚くほどに彼は物を知らなかった。
上野の人混みを見て喜ぶ彼の姿を見て可愛いなと感じながらも寂しい気持ちになってしまう。
家族にどこかに連れて行ってもらったことはないのかな・・・・・・
そんな疑問が頭をよぎるがいきなり聞いたら失礼かなと喉元で止める。
「みんなどこから来るんですかね! 凄いなー! ん? あの二人は手を繋いで歩いてますねー凄いなー」
彼の指さした先には若いカップルが楽しそうに歩いていた。
「うぶもそこまで来ると可愛いわねーカップルなら当然じゃない」
「そうなんですか? 僕誰かと手を繋いで歩いた事なんて一度もないですけど・・・・・・」
「ふーん・・・・・・手、繋いでみる?」
遊び半分で彼の右手に左手を伸ばす。
「うわっ! 嬉しいです!」
彼は無邪気な顔をしながら私の左手を掴んだ。
「暖かいですね」
「もー恥ずかしいじゃない」
「本当に暖かいです。僕今日一緒に出かけられて幸せです。本当に、本当にありがとうございます」
「大げさ、大げさ」
「本当に・・・・・・うん・・・・・・」
「もう、何感傷に浸ってるの? 今日で、もう会えない訳じゃないんだから」
「あぁ! ごめんなさい! じゃあ行きましょう動物園!」
彼は私の手を引きながら歩き始めた。
彼に握られた左手は、彼の言ったとおり暖かくて幸せな気分にさせてくれた。
そこからの何時間かは、なんだか凄く時間が早く経過したみたいに思えた。
動物園で彼が怯えながらも象に餌を上げた。
お昼に食べたパスタはフォークの使い方が下手くそで口の周りをミートソースだらけにしながら食べていた。
午後には買い物に付き合ってもらい私が「この二つの服どっちがいいかな?」と聞くと三十分ほど頭を抱えながら悩んでくれた。
言葉に現せないぐらい楽しかった。
誰かに話したいぐらい幸せだった。
二人の時間が終わらなければいいのにと何回も願った。
東京タワーの展望台、二人で手を繋ぎながら夜景を見ている。
「もう夜だねー時間がたつのは早いなー」
「そうですね・・・・・・」
彼は何故か東京タワーのエレベーターに乗った辺りから口数が少なくなっていた。
「ごめんね。もしかして高いところ苦手だった?」
「いえ、そんな事はないです。凄く素敵でどこかはかなくて、何か自分を見ているみたいです」
真っ直ぐを見る彼の横顔を私はじっと見つめる。
「自分がどこから来て、これから何処へ行くのか、何をしたいのか、どうすればいいのか、いくら考えてもわからないんです」
「田中君・・・・・・」
「生まれてきた意味はあるのかなって、そう感じるんです」
私の左手を握る手に力がこもる。
「でも、貴女に出会ってから少しだけ変わりました」
「私も・・・・・・」
好き。
「だから、今日言いたいことがあるんです」
抱きしめて欲しい。
「聞いてもらっていいですか?」
何もかも忘れるぐらい愛して欲しい。
彼が私の方を向く。
「実は、僕は貴女のい・・・・・・」
言葉が終わる前に私は彼に口づけをした。
繋いでいた手を離し、彼の腰に手を回す。
何分口づけをしていただろうか。
「ごめんね・・・・・・」
唇を離す。
「私の話、聞いてもらって良い?」
彼は無言でうなずいた。
「私、もう全部嫌なの、これから家に帰るのも夫の顔を見るのも、息子の事を考えるのも、わかってるんだよ。私が悪いことぐらい、息子が引き籠もったのも、夫が冷たくなったのも、別居も、私が悪い事はわかってるの、でも、そんな時に助け合ってくれるのが家族だと思ってた。自然に手をさしのべてくれるのが夫だと思ってた。時々優しい声をかけてくれるのが息子だと思ってた。全部私の考えすぎで、本当は家族なんて他人の集まりなんだよね。自分が悪いことをしてしまったら誰も助けてくれない、だけど途中でリタイアするのも許されない、そんな毎日を繰り返して何も考えない用に暮らしてた。私にはここしかないんだって、逃げることもできない、今更全員を愛することだってできない、人形なんだよ。私は」
一呼吸。
「でも、田中君と出会ってからは違った。毎日顔を見るのが楽しみで、休みの日は落ち込んだりして、おかしいでしょう。こんなおばさんが・・・・・・だから昨日デートに誘ってくれたときは本当に嬉しかった。もしかしたら田中君も私のこと好きになってくれたのかなって勝手に勘違いして・・・・・・ごめんね」
大きく息を吸う。
「私、田中君の事が好きです」
目から、涙が、溢れた。
「ごめんね、勘違いなのに、君の気持ちも考えないで」
拭いても、拭いても、溢れ出してしまう。
「おかしいね。勝手に、泣いて、ごめん、ごめんね」
顔を手で覆う。
「顔を上げてください」
彼の言葉が聞こえて、私は涙を一回拭いて彼を見た。
「うまく言えませんが・・・・・・」
いつもの優しい笑顔をしている彼。
「僕も好きです」
私は何も言わず彼の胸に飛び込んで泣いた。
今までの悲しみを洗い流すように、忘れられるように、捨てられるように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます