第19話
お化粧なんて久しぶりにした。
ましてパートに行くのに化粧なんて今までは考えもしなかった。
「おはようございます」
後ろから田中君の声が聞こえて振り返ると少しびっくりした顔の田中君。
「おはよう」
「お綺麗ですね」
優しく微笑む彼の顔を見て、私の胸は高鳴った。
「おばちゃんの化粧だから変に見えるでしょう?」
「そんな事ないですよ。僕と同い年って言ってもわからないと思いますよ」
「ん・・・・・・うれしい・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
田中君は何も言わずに私を見ている。
「どうしたの?」
「あっ・・・・・・いえ・・・・・・」
「今日もよろしくね」
「よろしくお願いします」
彼にどう思われているのか、本当の気持ちが知りたい。
お世辞なのかもしれない。
嫌だけどせっかく決まったバイトだから我慢してるのかな。
作業中に考えることはそんな事ばかり。
真剣な顔で作業に没頭する彼の横顔。
目が合うと少し恥ずかしそうに会釈する可愛さ。
「今日も計り間違わなかったね」
「いえ、たまたまです」
「あなたの謙遜的なところ好きよ」
「あ・・・・・・ありがとうございます」
「いつも休みの日は何をしてるの?」
「基本的に休みがないんですよね。毎日バイトです」
「そうなんだ? 今はここと居酒屋だけ?」
「空いた日にビデオレンタル店で働いてます」
「ご家族心配したりしない?」
「いえ、それは大丈夫です」
「何で?」
「一人暮らしですから、たぶん」
「あははっ、たぶんなんだ」
「はい兄弟は何人かいるみたいなんですけど会ったことがないので・・・・・・」
「あっ、ごめんね変な事聞いちゃったね。ご両親は?」
「母だけ健在です」
「そう、お母さんに顔見せたりしてる? お母さん手結構強がってても寂しがりだからね」
「バイトの合間に会いに行ったりしています」
「ご兄弟には会いたいの?」
「はい、できれば・・・・・・」
少し寂しげな顔をした彼をみて私は切ない気持ちになった。
「早く会えるといいね」
「はい、頑張ります」
毎日の会話が私には新鮮で、日々を積み重ねるたびに私は彼への想いは強くなっていった。
「好きな人とかはいないの?」
「いえ、まだ」
「もったいなーい、若いんだから恋しなさいよ」
本当は嫌なくせに、そんな事も言っていた。
最近、一人で部屋にいると涙が出るようになってきた。
今までどんなに辛いことがあっても泣かなかったはずなのに。
彼の事を考えて、今、彼が自分の知らない所にいるのが不安でしかたなくなってくる。
私は彼の何者でもないのに。
しがらみで多すぎて身動きがとれない。
家に帰れば私には家族がいて、彼との事なんて考えてはいけないと言われているみたい。
いっそのこと・・・・・・なんて度胸私にはない。
そんな事しても彼が私に振り向いてくれるか何てわからない。
じゃあ、今彼が私の事を好きだったら?
そうしたら全部捨てられるの?
次が決まったからって、これで安心だって。
そんなの卑怯じゃない。
わからない。
わからないの。
目を瞑ると見えてくるのは優しい彼の顔だった。
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