第12話

 眼を開けると、夜空の星空がとても綺麗に見えた。

 ワシは・・・・・・どうなったんじゃ?

 顔を左右に動かすとどうやらここは道端のようじゃ。

 上半身を起こすと、目の前に自分の家が見えた。

 ゆっくりと立ち上がり、腕時計を見ると深夜一時十五分を指していた。

 ヘレンのいた左側の玄関を開けようとしてみたが、鍵がかかっていて開かなかった。

「・・・・・・ここは、もろたでー・・・・・・か」

 昔と何も変わっていなかった。

 あの金髪も、厚い胸板も、腰まで生えた顎髭も全部昔のまんまじゃったな。

 何分か玄関の前でノックをしてみたが何の反応もないので、ワシは諦めて隣の家に戻ろうと自分の家を後にした。

 明日の朝、もう一回来てみよう。

 ヘレンの事じゃ、何か考えあってのことじゃろう。

 そう決めて、隣の家の玄関まで行くと、ドアの向こうから何やら物音が聞こえてきた。

「こんな時間に誰か玄関にいるのかのう」

 耳を澄ましてドア越しの声を聞いてみると男の声で『ふっ!』やら『はっ!』等の声が聞こえてきた。

「ご主人かのう」

 ドアを少しだけ開けて中を覘いてみると玄関でご主人が全裸で全身タイツを着るのに古今奮闘していた。

 足下には脱ぎ捨てたのであろうパジャマと何故か木の棒が置いてある。

 全身タイツが腰の辺りでつかえて、ご主人は必死に腹を凹ませてタイツを上に上げているところだった。

 どうにか腰の辺りを乗り越え、腕を入れ、頭にタイツを被せる。

「よしっ!」

 ご主人がそう言って革靴を履き始めたのでワシは見つからないようにドアを閉めて、玄関横に身を潜めた。

 身を潜めていると玄関を開けてご主人がさっき足下にあった木の棒を手に持って玄関からでてきて、道路に出てからどこかに向けて走って行ってしまった。

 そして、そこは還暦を過ぎても少年の心を忘れないワシはばれないように追いかける。

 十分ほど走って、二丁目の空き地でご主人は足を止めた。

 ご主人が空き地に入っていくのを電柱の陰で見ている。

 土管の上に座ったご主人の胸に白い文字で何か書かれているようじゃが、遠くて見えないのう。

 ご主人は土管の上で惚けていたと思ったら何か見つけたのか、いきなり上を見ながら土管を降りた。

 ワシもつられて上を見ると何かが土管に落ちてくるのが見えた。

 少しすると轟音とともに土管が壊れた。

「なっ! なんじゃあれは!」

 煙の中から現れたのは鼠の顔なのに何故か体は筋肉モリモリな生き物じゃった。

 その生き物はゆっくりとご主人に向かって近づいていくが、ご主人は鼠男を見据えたまま微動だにしない。

 鼠男はご主人の前で立ち止まると鼻をピクピク動かし始めた。

 ワシの胸はワクワクでいっぱいになった。

 これからもしかしたらご主人と鼠男の死闘が見れるかもしれん。

「そういうことか!!」

 少し睨み合った後にご主人が先手をうった。

 手に持っていた木の棒で鼠男の頭をわけのわからない言葉を発しながら叩きまくる。

 鼠男は無抵抗に殴られ続けているが頭からは大量の血しぶきが上がっていた。

 それにしても、全身タイツで殴りつづけるご主人背中だけみればわかるその漢気にワシの股間のマイサンはいつのまにか天高くそそり立っていた。

 ご主人の漢気にワシはヘレンを重ね、そしてマイサンは後ろから突かれて果てたあの夜を思い出していた。

 殴る手が止まったかと思うと、ご主人は木の棒を両手で持ち、高く振り上げた。

「おやあああああすううううみなさいいいいいいい!!うああああああああああ!!」

 その咆哮と共に鼠男をまた殴り始めた。

 ワシはご主人の猟奇的とも見える光景に目を奪われ、マイサンも力強く脈を打っていた。

 何時間その光景をみていたのだろう、いつの間にか朝の日差しがワシらを照らし始めた頃、ご主人はやっと鼠男への攻撃をやめ、空を仰いだ。

「おはようございまあああああああああす!!ああああああああああああああああああ!」

 そのご主人の雄叫びと共にマイサンが果てたのは言うまでもない。

 ワシは確信した。

 今ならイケる。

 ワシは左腕を上に掲げ、右腕を腰の後ろに回した。

 気を集中し、半径一メートルの物質を蹴散らすイメージを頭に思い浮かべ、ゆっくりと目を閉じる。

 大きく息を吸ってから目を開けた。

「はっ!」

 その声と共にワシの服が全て破れ去った。

 細かい布切れと化したワシの服はユラリユラリと下に落ちていく。

「サンダルが残ってしまったのう」

 やはりまだ完全とまではいかないようじゃ。

 もし、次にヘレンと会ったときにまた奴がファイティングポーズをとったら、ワシは決意を固めるしかない。

 じゃが、中途半端な状態でヘレンとやりあっても勝てるはずがない。

 今日ヘレンが気を発したときは上から下まで全て粉々になっていた。

 どうすれば、と考えていると、ご主人がこちらを振り向いた。

 ワシは見つかったら危ないと思い、電柱の陰から全速力で家に向かって走り始めた。

 そして、ワシにははっきり見えた。

 ご主人の胸に描かれていた『魔法少女』の文字。

 それがヘレンを倒すヒントになるとワシは確信した。

 ヘレンに会いに行くのは全ての答えが出てからにしよう。

 ワシは町中を疾走しながら決意を固めた。

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