第8話

 来なければよかった。

 襖が開き見えたコスプレして長テーブルに向かい合わせで座っている男四人と女五人を見てそう確信した。

「あれあれ、論破氏は存分にリア充臭が漂っていますな」

 襖を開けて近い方に座っている男性陣の右から二番目に座っているロキ氏が楽しげにこちらを見ている。

「駄目でありますよーオフ会と言えば正装が基本でありましょう」

 お前が『オタクといえども女性の前では一端の紳士であれ』とか言ったからこんな格好してきたんだろうよ。

 と、喉まで出掛かったがグッと堪えた。

「申し訳ないであります。いやはや小生うっかりであります」

 どうにか笑顔で話せたと思う。

「まっ、いいであります論破氏は小生の隣に座るであります」

 ロキ氏の右側の空いていた座布団に腰掛け、従業員さんが注文を聞いてきたのでウーロン茶を頼んだ。

「こんばんはであります」

 まずは自分の右側にいたドイトル候に声をかける。

「いっ」

 この人は自分の中のキャラ設定なのか何を話しても「いっ」しか話さない、えーと?

 そのゴスロリ衣装も何かのキャラ設定でしょうか?

 ドイトル候は、どう若く見積もっても三十代後半のおっさんである。

 そんなおっさんのゴスロリ姿なんて未来永劫見るとは思わなかった。

 ありがとうなんて言わないんだからね!

 ドイトル候から目線を外してロキ氏の左側に目を向ける。

 あー、ビーバー氏またクッキー食べてるよ。

 自称十八歳のビーバー氏は何故かいつもクッキーを携帯している。

 出っ歯の彼は四六時中クッキーを前歯で削りながら食べている。

 んで、コスプレは……ん?

「キリンて……」

 首が長すぎて天井に擦れてるやんけ。

 普通そこはビーバーだろっ!

 つか、これコスプレなのか?

 いや、もうビーバー氏はスルーの方向で行こう。

「何をキョロキョロしているでありますか論破氏、早く女性陣に自己紹介をば」

「あっ、そっ、そうでありますな……」

 ロキ氏に促され、そそくさと立ち上がる。

 立ち上がって女性陣を真正面から見ると、全員俺を見上げている。

「えーっ、そうでありますな……」

 しどろもどろになりながら女性陣を右から順に見てみる。

 皆同じ作品に出てくるジャージ姿で服装は統一されているようで、顔は結構可愛いな……と、思いながら四人目まで見ていたんだが一番左の所で視線は止まった。

 おい、誰だ自分の家の家畜連れてきた奴。

 思わず凝視してしまう。

 家畜は俺と目が合うと頬を赤らめながら下を向いてしまった。

「おっ! 論破氏は楊貴妃が御気に召したのでありますな!」

 光の速さでロキ氏の顔を見る。

 こいつが……楊貴妃だと……あのゲーム内では華麗な舞で敵を圧倒し、仲間をも魅了する楊貴妃が家畜だと。

 気を取り直して女性陣を見る。

 落ち着け、見間違いの線もまだ残っている。

 また右側からゆるやかに目線を左に流す。

 ジャージ姿の三人は二回目でも結構可愛い、うん、可愛いよ。

 そして最期に楊貴妃さんに目線を……

 おい、誰だ自分の家の家畜連れてきた奴。

 何回見ても同じだよ馬鹿野郎。

「ぶふっ!」

 目線があったからって頬を赤らめて顔を下に向けるな家畜風情が、出荷されたいか!

 ……もういい、早く自己紹介して座ろう。

「論破であります……あっ、よかったらこれ……」

 俺は今日作った名刺を鞄の中から取り出そうと鞄に手を突っ込む。

 これか、鞄の中の名刺を手に取り引っこ抜く。

 ……意味がわからん。

 一応、説明しておくが、俺は鞄から名刺を取り出そうとしていたんだ。

 だが実際はどうだろう。

 名刺だと思って引き抜いた物は『魔法少女』と書かれた全身タイツとそれに絡まって部屋に舞い散る名刺の束。

「ぶふっ! ぶふふふふっ!」

 空気が凍りつく中、一人家畜の笑い声(?)だけが、部屋の中に木霊した。

「うっ! うわあああああああああ!」

 自分に向けられた視線に耐え切れなくなり、俺はドイトル候の頭に全身タイツを放り投げて部屋から飛び出した。

 店から外に出ると、夜の風が顔にこびり付く。

 来なければよかった。

 最初からわかっていたのに。

 下を向きながら街を早足で歩く。

 皆、俺を馬鹿にしてるんだろ。

 わかってるよ。

 糞。

 最悪だよ。

「いたっ!」

 下を向いて歩いていたので、前から歩いてきた人を避けきれずに肩が当たってしまった。

「あっ、すいま」

 謝ろうと声を出している途中で体に違和感を感じて前を向く。

「お前かあああああ!」

 顔面に迫ってくる硬く握られた拳が見えた。

 人間の反射は中々よろしい様でニートの俺でも、無意識の内に頭を左に向けて拳を避けた。

「お前のせいで! お前のせいでな———」

 ここで、初めて相手の顔が見えた。

 金髪で身長の高いヤンキー。

 ここで気づく、ああ、絡まれたな。

 胸倉を掴まれて前後に揺さぶられる。

「気持ち考えたことあるのかよ! 悩んでるの知ってるのかよ! どれだけ悲しんでると思ってんだよ!」

 何を言われてるのか一切分からない。

 なあ、ヤンキー、一つ言ってもいいか?

 泣きたいのは俺の方で、お前が泣きそうになる要素は一切ないと思うんだが。

「そおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!」

 遠くから誰かが走ってくる音が聞こえた。

 何だ、と、声の方向に顔を向けると全身タイツを着て木の棒を握り締めた物体がこちらに全速力で走ってくるのが見えた。

「とらあああああああああああああああいいいいいうわあああああああああ!!」

 全身タイツのそれは、若者の足に飛びついた。

「今度は何だよ!」

 足に飛びつかれた方のヤンキーの顔を見ると足元に飛びついた物体をゴミでも見るかのように見下ろしている。

「ここは私に任せて逃げるんだ!」

 全身タイツにそう言われたので俺は駅の方に向けて全速力で走り始めた。

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