第7話
朝起きるとすぐにパソコンを起動して『オタクがモテる方法』でググッてみた。
「・・・・・・別世界だ」
どうして、髪を切るのに七千円も払うしかないんだよ。
いくら考えても理解できない世界がそこには広がっていた。
何個かのサイトを見ても正直チンプンカンプンだったので、自分が見てカッコいいと思ったミリタリー系の服に目星をつけた。
髪はよく分からないから近くの床屋に行って切ってもらおう。
さて、金が必要だ。
俺は時計をチラリと見る。
九時五十分か、今の時間なら親父は仕事に出かけているし母親はパートに、じいさんとばあさんはゲートボールに出かけているはず。
俺は立ち上がって、一階の母親の部屋に向かった。
「あった、あった」
母親の部屋の左側にある箪笥の三段目、これが母親の昔からの預金通帳の隠し場所なのは俺の中では周知の事実。
通帳に挟まっているカードを取り出し部屋を後にする。
最初は罪悪感を抱いていたこの行為も、いつの間にかコンビニに買い物に行くだけの為にさえ簡単に使うようになっていた。
そんなもんだよな、そうに決まっている。
スリを繰り返す人達だって同じような考えなんだろうなと、考える。
最初は自分のしている行動に疑問を感じているが、それが日常になってしまえばなんて事はなくなる。
呼吸をするのと同じように棚にあるものを自分のポケットに入れる。
玄関で靴を履いている途中に自分の靴をよく見てみると結構汚くなっていた。
「丁度いいか、これも買い換えよう」
あれこれ考えるうちに、どうせ足りなくなって次々卸すなら、いっそのこと全額卸してしまおうかな。
そうだ。
それがいい。
気がつけば俺はコンビニのATMで何回かに分けて、全部で合計八十万ほどの現金を引き出していた。
残り残高五十六円のレシートを見ると何故かとても嬉しくなって、気分よく俺はコンビニを後にした。
手に持っていれば金なんてすぐになくなる物で、洋服、靴、ゲーム、マックブックプロの盛り盛り、床屋に使うだけで卸した金は今日のオフ会で使う会費以外は全額なくなっていた。
まだ時間は残っていたので一回家に帰った後にカードを同じ場所に戻す。
脱衣所に行って自分の姿を鏡に映った自分を見ると、中々いいんじゃないのかなと自己陶酔に浸る。
合コンか、興味はないけどもしかしたら、女の子にアドレスぐらいは聞かれるかもな。
「そういえば、俺の携帯赤外線ついてないんだよな」
これはいけないと急いで自分の部屋に戻り、パソコンを起動する。
すぐに自分のアドレスを載せたおしゃれな名刺を作成した。
急な思い付きだったから紙が普通のコピー用紙なのが気に入らないが、自分なりにそれなりの出来の名詞ができた。
左上には俺が考案したキャラクターの『ペリッポ』とその恋人役の『キュンキュン』こいつら二体は小学生時代から愛用しているオリジナルキャラクターだ。
小学生時代からこの二体は誰に見せても『気持ち悪い』とか『どうみてもヘドロです本当にありがとうございました』等と不評だが俺の中では多分これからこいつらを越えるキャクターは生まれないと確信している。
そんな事をしているうちに、家を出かけないといけない時間になっていた。
カッターで切った名刺をポケットの中に押し込み、俺は高ぶる心を抑えながら部屋を出た。
待ち合わせ場所の上野駅前に着くと、携帯を取り出してロキ氏に電話をしてみる。
何コールか後にロキ氏は『こんばんはだよ、あにい』と電話に出た。
少し不快な気分になる。
「今着いたでありますよ」
「そうでありますか。では近くのR-TYPEとゆう名前の飲み屋さんに来てくだされ、こちらはもう盛り上がってるでありますよ」
もう、盛り上がってる?
「ロキ氏、確か昨日七時に上野駅前で待ち合わせて、そこから飲み屋に行くと言っていませんでしたか?」
俺の記憶が正しければそうだったはずだが、寝る前だったから聞き間違いしてたのかもしれないな。
「あーすまんであります! 昨日の論破氏との電話後のチャットで今日の集合が六時に変更になったんでありますよ、連絡忘れ小生うっかり」
ロキ氏の後ろからは男女が入り混じった笑い声が聞こえてきていた。
正直頭にきたが、ここで怒って帰ってしまうのも大人気ないと自分に言い聞かせて「わかったであります」とできるだけ明るく答える。
電話を切ってからすぐに携帯で店の名前を探す。
RーTYPEは歩いて五分ほどの所にあるらしいので、俺は上野駅から歩き始めた。
俺は一体何をやってんだろうな。
翌々考えてしまうともう帰ってもいいんじゃないかなと思ってしまう。
実際問題自分は昨日のチャットにすら誘われていないわけで、多分昨日だけじゃなくて何回も俺抜きのチャットは行われていたんだろう。
じゃあ、何で俺は今日誘われたんだ?
「人数あわせ」の文字が頭によぎる。
わかってたよ、それぐらい。
俺はこんな名刺なんて作って何を期待していたんだろう。
滑稽だよな。わかってるんだそれぐらい。
いつも、そう、だから仲間はずれにされる。
「あっ」
足を止めて、顔を上げると、大きくR-TYPEと書かれた看板が見えた。
落ち込んで考え込んでいる間に店に着いてしまったらしい。
「顔出したらすぐ帰るか……」
帰りに歩いて秋葉原に行って帰ろう。
そう心に決めて店内に入った。
店内に入るとすぐに従業員さんが俺の所にやってきた。
「お一人様ですか」と聞かれたのでさっきのロキ氏から聞いた部屋番号を伝えるとすぐに案内してくれた。
店の中は一本道で、左右襖で仕切られている。
襖の前に靴は並べられている所がちらほらあるので少しはにぎわっている様だ。
一本道の一番奥に着くと従業員さんは右側の襖を「失礼します」と言ってから開けた。
「おっ! 遅かったではありませんか論破氏!!」
そこには違法医師と瓜二つな格好をしたロキ氏がいた。
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