第5話
目を開けると、木目調の壁が見えた。
「生きてる・・・・・・よな?」
何回か瞬きをした後に、自分の体がベットに横になっていることに気がつく。
首を左右に動かすと、少し痛みを感じたが左には窓があり、右には小さいテレビと白い大きな花、リンゴで作られたうさぎが皿に綺麗に置かれている。
それに・・・・・・
「お前・・・・・・」
妻が、優しい笑顔で丸い椅子に座っていた。
「あっ・・・・・・あぁ・・・・・・」
声が何も出ず、涙が溢れてきた。
布団から右手を出し、妻の膝に添える。
「今まで・・・・・・今までごめん・・・・・・」
心の底から伝えたかった言葉が勝手に溢れ出してくる。
「大切な話・・・・・・俺からもあるんだ・・・・・・」
涙は目から未だに流れ続けているが、構わずに言葉を紡ぐ。
「もう、お前は嫌かもしれないが、もし、チャンスがあるのならば、一緒に・・・・・・一緒に手を繋いでこれから歩いて行こう・・・・・・」
これまでの人生では考えもしなかったこと、これからの人生、妻と二人で歩んでいきたい。
ただそれだけの事が、言えなかった。
伝える方法がわからなかった。
でも、今、言葉足らずだが伝えられた。
それだけで十分だ。
「今まで苦労かけたな・・・・・・今度二人で旅行でも行こう・・・・・・」
妻は笑顔のまま何も話さずにこちらを見ている。
「花・・・・・・お前が持ってきてくれたのか? ごめんな、俺、無頓着だから名前わからないけど綺麗だな」
「花は・・・・・・好き?」
「何だ。ここで話し始めるのかびっくりしたぞ・・・・・・そうだな・・・・・・考えたことなかったが・・・・・・これからは好きになれそうだ」
「よかった・・・・・・」
妻は安堵した表情をした後にゆっくりと顔を近づけてきた。
「キスなんて随分久しぶりだから緊張するな・・・・・・」
だが、妻の顔が目前になったところである事に気がつく。
「お前・・・・・・鼻の頭に何か傷がないか? 怪我でもしたのか?」
よく見ると鼻の頭を中心に八方向に伸びた傷がうっすらと見えている。
「これ? これはね・・・・・・こうなるの・・・・・・」
妻がそう言うと、鼻の切れ込みはゆっくりとはっきりした物となり・・・・・・
「誰だ! 誰なんだ!」
顔が切れ込みの方向に開いていき、頭に覆い被さってくる。
「ハナ、好きなんでしょ、ハナ」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ! 誰か! 誰かああああああああああああああ!!」
必死に暴れようとした瞬間もの凄い力で頭全体を締め付けられた。
「嫌だ! 死にたくない! 妻に! 妻に会わせてくれ! いがああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・」
風にそよぐカーテン、病室には女性が一人座っている。
目の前にベットが一つ置いてあるが、誰も横にはなってはいない。
女性のいる病室に足音が近づいてくる。
足音は病室に入ってくると、何も言わずに女性の横を通りすぎ、ベットに腰掛けた後すぐに横たわった。
音もなく病室の時間は過ぎてゆく。
今、音もなく一つの家族がなくなった。
あのころの家族は、もう二度と、戻りはしない。
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