第4話
「すいません、今日は早く帰らせていただきます」
部長にそう伝えると「珍しいね」とびっくりされてしまった。
考えれば私が定時に家に帰ろうとすることなんて新婚の時もなかった。
「どれだけ家庭を大事にしていなかったんだろうな」
会社から外に出でから空を見上げる。
まだ太陽が落ちきっていない空は何だか晴れやかで、とても清清しい気分になれた。
「そうだ。ケーキでも買って帰るか」
妻や、息子がケーキが好きかどうかはわからない。
それでも買って帰ろう。
食べなくてもいいんだ。
私は妻の為に考え、息子を想ってケーキを買う。
親父とお袋は今度温泉にでも連れて行こう。
「さ、これからは忙しいぞ」
大きく伸びをしながら道を歩く。
と、十メートルほど先目の前に見知った顔が見えた。
「何でこんな所に」
髪型や、服装がいつもと違うから分かりにくいがあの造型の悪い顔はどう考えても私の息子だ。
何故、引き篭りの息子が私の会社の近くにいるんだ?
息子は何やら金髪の若者と話をしているようだ。
と、言うか。
「絡まれてるのか?」
どうみても首元を掴まれて顔面蒼白になっているように思える。
周りに人はいるはずなのだが、全員見てみぬふりをして息子と若者を上手い事避けて通り過ぎていく。
私が助けなければ!
だが、相手は若者今のままの私では到底歯がたたないだろう。
しかし、今の私にはこれがある。
私は道の真ん中でスーツを勢いよく脱ぎだす。
周りに居た人達が何か叫んでいるが関係ない。
私は息子を助けるのだ。
私しか息子を助け出せないのだ!
生まれたままの姿になってから鞄から綺麗に折りたたまれた全身タイツを取り出し、息つくまもなく着る。
鞄の中の木の棒を握り締めると、私の中の何かが爆発した。
「そおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!」
全速力で走り、若者の膝へ飛びつく。
「とらあああああああああああああああいいいいいうわあああああああああ!!」
必死に、それは必死に若者を倒しにかかる。
「今度は何だよ!」
到底人間のそれとは思えない顔をした息子は脅えた様子で足にしがみついた私を見ていた。
「ここは私に任せて逃げるんだ!」
そう言うと息子は一目散に駅の方向へ走っていった。
後はこいつを倒すだけだ!
足にトライしたのはいいものの若者は微動だにせず、膝をついている私を上から見下ろしていた。
「これならどうだ!」
私は木の棒で若者の膝の皿を全力で叩き始めた。
「キュンキュンペリッポ朝あああああああああああああああ」
膝を二回ほど叩いたところで、若者に上から頭を殴られた私は殴られた頭を抑えながらコンクリートの上をのた打ち回った。
「何なんだよお前!」
若者は私の腹を右足で蹴り上げた。
痛い、が、声が出ない声にもならない嗚咽だけが私の口からこぼれる。
「全部お前のせいなんだろ! わかってんだよ! お前が悪いんだ! 全部! 全部!」
仰向けに転がった私に馬乗りになり、若者は私の顔を何度も何度も殴った。
口の中が切れたのだろう、血の味が唾液の中に広がっている。
それでも若者は私を殴る。
何度も、何度も。
薄れ行く意識の中でふと、若者の顔が見えた。
泣いていた。
私を殴りながら何故この若者は泣くのだろう。
「わ、か、ら、な、い、な、あ」
やっと言えた言葉はそれだけだった。
若者の涙は私の顔に、一滴、二滴と降り注いでくる。
温かいな、こんな時なのにそんな事を考えてしまった。
『ごめん』
それだけ、それだけは妻に伝えたかった。
「らあああああああああいいいいいいいいいどおおおおおおおおんんんんぬわああああああたあああいいいいむうううううううう!!」
その声の刹那、若者が何者かに蹴り飛ばされた。
上に乗っていた若者がいなくなり体は軽くなったが、殴られすぎて私は仰向けから体が動かせないでいた。
意識が落ちそうになる中、どうにか顔だけ横に向かせる。
そこには私の方を向いて倒れている若者と、背中を向けている赤い全身タイツの人が目に入った。
その背中には。
「魔法……少女……」
私の意識はゆっくりと闇に飲み込まれていくのだった。
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