第2話
近くだと思っていた空き地は自分が思った以上に遠く、最初は軽快に動いていた足は鉛のように重い。
日々の運動不足がこんな所にでるとは、こんな事ならばジムにでも通っておくべきだった。
空き地には着いたものの、誰もいない。
子供達が遊ぶには十分の広さの空き地には草以外は何もなく、あるのは奥のほうにある子供が四人ぐらい入れそうな土管だけ。
自分が子供の頃はよくここで遊んだ物だが今の子供達は家でゲームばかりで休日の昼間でも子供の姿をあまり見かけなくなった。
「これも時代かな」
自嘲気味にため息を漏らす。
ここで、五分待って何もなかったら帰ろう。
私は土管の場所まで歩いて重い腰を上げ、土管の上に座った。
「?」
上の方から何か音がするような気がする。
私は何気なく夜空を見上げる。
落ちてくる。
遥か遠くではあるが土管の真上に何かが落ちてくるのがわかった。
急いで土管から下り、距離をとる。
それは勢いよく土管に落下した。
土管の中央は跡形もなくなってしまい、その場所にはそれはいた。
「鼠?」
それはどう見ても鼠だったが、いくら考えても鼠は言えない大きさの物だった。
何故、この鼠は私ほどの大きさをしているのか。
どうして、顔は鼠なのに体は人間でしかも筋肉隆々なのか。
そして、私に向かって二足歩行でゆっくりと歩いて来ているのか。
「わからない事だらけだ」
私は右手に持った木の棒を力強く握り締めた。
一歩ずつ近づいてくる鼠男。
足が震える。
どうしたらいい……どうしたら……
『変わりたくありませんか?』
その言葉が脳裏に過ぎった。
こいつを倒せば、変えられるのか?
家族が取り戻せるのか、昔自分が思い描いたものが手に入るのだろうか?
いや、むしろここで殺されてしまえば……
私が死んだら誰か悲しんでくれるだろうか?
妻は、息子は、親父は、お袋は私の死に涙を流してくれるのだろうか?
気がつけば鼠男は目前に迫ってきていた。
自分の三歩前ほど前で歩みを止める鼠男。
それにしても美しいほどの大腿筋、と、こんな状況なのに見惚れてしまう。
男ならば人生で一度は考える『自分がもしかしたらゲイではないか』との不安。
十八のときに払拭したはずの不安は今目前に迫ってきた鼠男によりグラリと傾いた。
「いや、それはないな」
傾かなかった。
鼠男はその場で微動だにしない、鼻の頭だけがピクピクと動いているだけだった。
「変わるためには倒すしかない」
でも、どうすればいいんだ。
武器と言われて持ってきた木の棒だけ、これでこんな筋肉隆々な鼠男に勝てるのだろうか。
胸に書いてある魔法少女の文字を眺める。
魔法少女=マジカルステッキ=中年=木の棒
「そういうことか!!」
これで戦えばいいんだな。
待て、確か魔法少女にはそう、呪文があるはずだ。
言わなくてもいいじゃないか、そんな意見もあるだろうが私の中ではそれは許されない。
考えなければ、何か、何か言い呪文を。
その時、頭の中で一つの言葉が生まれた。
「キュン……キュン……ペリッポ……?」
これか、これが私の呪文なのか?
やるしか! やるしかない!
木の棒を持った右手を上に大きく振りかぶり、鼠男に向かって振り下ろす。
「キュンキュンペリッポ! 朝がきて! キュンキュンペリッポ! 昼がきた! キュンキュンペリッポ! 夜がくる!」
連打、ひたすらの連打、無我夢中でそして少しの恥じらいを混ぜ合わせながら全ての力を木の棒に託す。
鼠男の頭部に集中して連打された打撃で鼠男の頭からは夥しい量の血が飛び散っていた。
まだだ、まだ足りない!
木の棒を両手で持ち、真上に大きく振りかぶる。
「おやあああああすううううみなさいいいいいいい!! うああああああああああ!!」
我武者羅にただひたすらに目の前の筋肉隆々な鼠男を倒すために何回も、何十回も、何百回も、何千回も、何秒も、何分も、何時間も叩き続ける。
「はっ、はっ」
気がつけば目の前の鼠男は自分の目の前で夥しい量の血を流しながら倒れていて、空は朝焼けが眩しく輝いていた。
自分が着ている全身タイツも鼠男の返り血で真っ赤に染まっていた。
「勝った……」
これで自分が変われたのか変われていないのかはよく分からない、だけど、だけど。
「おはようございまあああああああああす! ああああああああああああああああああ!」
私は高らかに勝ち鬨を上げた。
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