お父さんは魔法少女

なめがたしをみ

お父さん編

第1話

 何時からだろう家族の会話がなくなったのは。

 思い出せば息子が小学生の頃、絵を書いてきたことがあった。

 家族全員でその絵を囲んで話をした。

 あれがそう、何年前になるのかな。

 息子が高校に入ったころぐらいから私と距離を置き始めた。

 最初はただの反抗期と思っていたが、本当は学校でいじめられていた様で誰にも言えず考え込んでいたようだ。

 それに気づけないまま月日が立って、息子は高校を辞めて自分の部屋から出てこなくなった。

 軟弱者とでも言って、頬でも叩ければ何か変わったかもしれないが、いかんせん私にはそんな勇気などなく、ただ毎日会社に行って帰ってきての繰り返し。

 妻とは何年か前から別々の部屋で寝ている。

 冷めた夫婦と言われれば「そうですね」と素直に答えられるだろう。

 誰のせいなんて考えたこともなかったが、多分全て私のせいなのだろう。

 そんな中、今日もいつものように会話のない夕食は続いていた。

 黙々と煮物を口に運ぶ、薄味で味があるのかないのかもわからない。

 妻と親父とお袋が同じテーブルで食べているはずなのに、まるでファミレスで知らない人と相席してしまったような気まずさを感じながらで箸を進める。

 息子の夕食はいつも通り妻が部屋の前に置いてきたのだろう。

 夕食を食べ終わった順にごちそうさまも言わずに立ち上がり片付けもせずに自分達の部屋に戻っていく。

 私もご飯を半分残し席を立つ、空腹は満たされているはずだが何か違和感を感じながら自分の部屋に戻っていく。

 ダブルベットが一つ部屋の中央に置いてある部屋で、ベットに腰掛けて考える。

 これが私の求めていた家族像なのか。

 これでいいのか、変えなければいけないのじゃないのか。

 そんな自問自答を毎日考えながら何も出来ずに今日が終わっていく。

 ふと壁にかかっている時計に目をやると、いつもまにか深夜一時を指していた。

 一体夕食が終わって自分の部屋に戻ってきてから何時間同じ格好で考え込んでいたのか。

 息子も、こんな風に自分だけで抱え込んで部屋に居たのかと思うと、胸が締め付けられた。

 ふと、気づくと机の上に置いてあった携帯電話が光っているのが目に入った。

 こんな時間に電話をかけてくる人なんていないはずだが?

 私は立ち上がり、二歩ほど歩いて机の上の携帯に手を伸ばす。

 携帯を開くとディスプレイには登録されていない番号からの着信が知らされていた。

 仕事の電話ではないと思うが一応出てみようと思い、着信のボタンを押した。

「もしもし、どなた様でしょうか?」

 声をかけてから少しの間待ってみたが返事がない。

「間違い電話でしたら切りますよ?」

『変わりたくありませんか?』

 ふいに耳を劈く甲高い声が電話越しに流れた。

『変わりたくありませんか、そう言ったんです。今の日常。冷え切った家族。何もない貴方。そんな状態から変わりたくありませんか?』

 何を言ってるんだ。

『変わりたいなら、玄関にある服に着替え、横に置いてある武器を持って二丁目の空き地へ来てください』

「ちょ……」

『では、』

 そう言い終わると電話は一方的に切られてしまった。

「くそっ!」

 履歴からその電話番号に掛け直してみるものの『電源が入っていないか……』と同じアナウンスの繰り返し。

 一体今の電話は何だったんだ。

 変わりたいなら二丁目の空き地。

 くだらない。誰が行くものか。

 携帯を机の上に置き、ベットに踵を返す。

 仰向けのままベットに飛び込む、少し前からスプリングが効かなくなったのか少し体が痛い。

『変わりたくありませんか?』

 その一言が頭の中で反芻される。

「変わりたいさ、でももう遅いんだ」

 誰に言うでもなく呟く。

 もう、全部手遅れなんだよ。

「…………変わりたかったよ」

 気づいたときには顔の下にある布団は涙でグシャグシャに濡れていた。

 ベットから体を起こし、部屋から出る。

 玄関に行ってみると綺麗に畳んである服の横に太さ五センチ長さ一メートルほどの木の棒が置かれていた。

「これを着るのか」

 畳んであった洋服を拾い、広げてみる。

 明らかに全身タイツ、まごうことなき黒い全身タイツが目前に広がった。

「服を脱がないといけないな……」

 今から部屋に戻る気も起きない、私はその場で自分の服を脱ぎ始めた。

 苦戦は強いられた物のどうにか全身タイツは着れた。

 よく見ると腹のあたりに『魔法少女』と書かれている。

「魔法少女ね」

 魔法少女は少女がなるから魔法少女であって、こんな中年がなったら魔法中年なんではないのだろうか。

 本当にどうでもいい事を考えてから、横にある木の棒を手に取った。

「二丁目か……ここから走って五分ぐらいだな」

 私は今の会社に十八歳の入社時から愛用している革靴を履き、家を後にした。

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