二
今日も今日とて変わらない。
いつも通りの日常。
誰からも認識されず、誰からも声をかけられることのない、そんないつも通りの日常。
そんな日々で、いつも誰からも反応がないと、僕は本当に学校という場所に来る必要があるのかと疑問に思ってしまう。
でも、僕はここに来るしかない。
僕が家にいても居場所などないのだから……。
もっとも、学校という場所に居場所があるのかと問われたら、答えはノーとしか言えないのだけど。
つまらない日々を過ごしていると、何か変化が欲しくなる。
それがたとえ幼稚なことだとしても。
ある日、思い立った僕は授業中に座席を立ったことがある。
そして、叫んだ
「みんな死んでしまえ、クソどもが!!」
何でそんなことをしたのか、僕に説明することができない。
でも、予想することはできる。
僕は誰かに存在を認めてほしかったのだ。
僕の世界には僕自身しか僕を認める存在はいない。
誰か一人でもいい。
そんな想いから出た言葉は敵意に満ちた言葉。
僕の口から出た言葉は世界を呪うような言葉。
僕のことを見てもらいたいだけなのに、出た言葉はそんな気持ちを台無しにする言葉。
誰からも認められないなら、誰もがいなくなってしまえばいい。
そんな気持ちだったんだろう。
そう予想するしかない。
僕自身が僕自身を一番よく分かっているつもりだったけど、この事件から僕自身を一番理解できなくなった。
ともあれ、そんなことを叫んで以降も僕への周りの態度は変わることはなかった。
一時、僕の叫んだことが気に食わなかったのか暴力を振るわれたこともあったけど、構ってもらえることにニヤニヤしていたのが気持ち悪かったらしく、また無視されるようになった。
今日という日も無視をされたまま昼休憩に入った。
僕の昼の定位置は誰も踏み入ってくることのない屋上だ。
本来なら、学校の屋上は解放されていないものだけど、いつの間にか屋上の鍵が開いていることに気付いた僕は屋上で過ごすようになった。
今日もまたお昼は屋上へと向かった。
屋上から外の景色を眺めながら、ぼーっと過ごす。
そんな風に景色を眺める中で、僕はずっと考えるのだ。
どうやったら、僕は解放されるのだろう。
僕を生んだ親は逃げてしまい、僕を育ててくれた人間は最低な人間に変わってしまった。
学校での生活は周りの空気は騒がしくても、僕の周りはあまりにも静かで、僕だけ世界から取り残されたような感覚に陥ってしまう。
そんな風に、つらつらと考えたり、ぼーっとしたりを繰り返していると、視線が行きつく先は外へと向けられる。
それも、屋上から見る地面へと。
そんな状況になって思うのが、ここから飛び降りたら気持ちいいのだろうかということ。
そして、全てが煩わしいこの世から解放されるのかなということ。
僕はとにかく死にたかった。
そんな風に、自分の死にたいという気持ちを確認していた。
死にたい気持ちを確認していると、僕の目の前に現れる存在がいる。
多分だけど、幽霊だと思う。
もしかしたら、頭のおかしくなった僕自身が見ている幻覚という可能性はあるけど。
ぼんやりと認識がしづらい幽霊(仮)は僕に話しかけてくる。
「どうだい? 今日もここから確認していたんだろう? 自分が死にたいのかって」
いつの間にか僕の前に現れるようになった幽霊だけど、僕はいつも返事をしないようにしていた。
でも、今日は違った。
いつもと何か違うことがあったわけではない。
ただ、これまでで蓄積された疲れだったり、痛みだったり、心の叫びだったりに耐えられなくなったからだろう。
僕は返事をしてしまった。
「そうだよ。僕は死にたいのかというのを確認していたんだ」
僕の返事が意外だったらしい。
「あらら、今日は無視しないんだね?」
幽霊は軽い口調で言った。
そんな言葉に僕は薄く笑う。
「もう疲れちゃってね……」
「まだ十代のくせに、自分が一番不幸だとでも言いたげだねぇ」
間延びした口調に、少し苛立ちそうになる。
意識的なのか、無意識なのか。
どちらにせよ、僕の好きなタイプではない。
でも、僕と会話してくれる人はいない。
なら、幽霊であろうとも会話をしたい。
「事実、不幸だからね。でも、一番ではないかな。僕より不幸な人間は両手足の指では足らないくらいいると思うし……。それでも、僕もそれなりに不幸だからさ。こんな干渉に浸るくらいは許してほしいんだ」
僕の言葉に幽霊は何を感じるのだろうか。
少しの沈黙のあと、幽霊は言った。
「じゃあ、死んでみるかい?」
突然だが、決定的な一言。
たぶんだけど、この幽霊はここで僕に死んでほしいのだと思う。
ここでぼーっとしているとき、特に死を考えているときにコイツはよく現れていたから。
何回もこの場所で死ぬことを考えていた自分。
でも、まだ僕は生きている。
さらに言えば、この幽霊の言葉を無視し続けていた。
それが今になって返事をしてしまった自分。
今の自分の心には生きていくための活力がない。
目の前の幽霊は、僕の生きたいという願望がなくなっていることに気付いているのだろう。
「そうだね。死んだ先に何があるのかは分からないけど、今まで16年生きてきて楽しかったことなんて一度もない。なら死んでみるのもいいかもしれないね」
僕の言葉に、幽霊はどんな表情をしているのだろう。
曖昧にしか認識できない幽霊の表情など分かるはずもない。
ただ、僕の死への気持ちを歓迎しているとは思う。
この幽霊は僕に死んでほしいはずだから。
「そう……。よかったよ、君の感情を確認出来て。自分の生死の選択ぐらいはしなきゃね」
幽霊はその言葉にどんな感情を乗せているのだろう。
本当によかった、と思っているのだろうか。
僕は他人の悪意には敏感なつもりだけど、他の感情には鈍感であることは自覚している。
「はは、そのよかったって言葉は君にとってかな? まぁ、幽霊? である君にも何かしらの事情ぐらいあるよね」
これまでの人生でのコミュニケーション不足から、ポロっと本音が出てしまった。
不要な詮索。
僕の都合で僕が死ぬだけだというのに、幽霊の事情など聞く必要もなかった。
だけど、ついつい出てしまった軽口。
そんな僕の言葉に幽霊はどう思うのだろう。
「ふふっ。君が死んだときにでも、僕の言葉の意味を教えてもいいよ? まぁ、君が死んだ後に幽霊として意識が残っていたらだけど」
帰ってきた言葉はそんな意味深な言葉。
でも、そんな言葉に返す言葉を僕は持っていなかった。
代わりに、僕は聞く。
「この学校に住み着いているんだろ? 君は」
「そうだね」
「何時ごろに来たら、校舎に入りやすいか分かる?」
そう、僕が気になっていたのは時間。
夜の警備に人が入っているのか、何時ごろまで教師たち職員はいるのか。
それが知りたかった。
僕の質問に、幽霊は応える。
「そうだね……。20時過ぎにはほとんど人はいないんじゃないかな」
その言葉に嘘はないのだろうか。
暦は9月で夏真っ盛りのときに比べ、日が暮れる時間は確かに早い。
でも、20時だと職員らがまだ居る気がする。
そこで、僕は質問を変える。
「君にとって都合のいい時間は何時?」
「ふふっ」
僕の言葉に笑うかのような音を発する幽霊。
何がおかしかったのか。
「死ぬと決めた今になっても、人の都合を気にするのかい?」
「どうせ死ぬなら最期くらい誰かの役に立ちたいんだよ」
「ふ~ん、損な性格をしているねぇ」
興味のないような口調の幽霊。
このままはぐらかされないように、僕は促す。
「それで、何時かな?」
「じゃあ、21時に来てくれないかい?」
「いいよ。ついでに聞きたいんだけど、何で21時?」
「そうだなぁ。教えていいものなのか迷うなぁ」
何処か揶揄うような口調。
幽霊のもったいぶるような性格に、少しうんざりしつつも言葉を待つ。
「う~ん、そうだね。仕方ないから教えてあげよう。21時、いや午後9時は僕の力が強くなる時間なんだ」
なぜ午後9時なんだろう。
真っ先に思いついたのはそんな疑問。
普通、霊的存在が強くなるのは丑三つ時。
いわゆる、午前2時ごろなのではないのかと思っていたからだ。
そんな疑問を素直に問うた。
「う~ん、言霊の所為かな」
「言霊っていうと、発した言葉に不思議な力が宿るっていう意味だっけ?」
「その認識で構わないよ。それで、なんで午後9時かっていうと、この学校の名前の所為だね」
「名前?」
なぜ、ここで学校の名前が関わるのだろう。
うちの学校は九鳴高校っていう名前だから、確かに数字が入っているけど、それが関係しているのかな。
「ここの学校は“九”回“鳴”くと書いて、九鳴高校っていう名前だよね。この九っていう数字が大事でね。この学校の生徒は、他の学校でいう七不思議の噂みたいなものを九個の不思議として考えたんだよ。“九鳴高校の九つの不思議”と題してね」
「それがどうしたんだ?」
「つまり、この学校の敷地内では“九”という数字に畏れるような感情をもたらしたんだ。ちなみに、この学校の不思議の中には僕の話も入っているんだ」
「その話の内容は?」
教えてくれないだろうな、と思いながらも僕は聞いた。
僕の予想に反して、幽霊は教えてくれた。
「午後9時9分に何かが屋上から地面に叩きつけられる音がする、っていう内容だったかな」
「う~ん、何か曖昧だね」
「そんな曖昧さが畏れる気持ちを増幅させているのではないかな。なんてね?」
幽霊の微妙な説明に釈然としない気分になりつつも、更なる説明を要求しなかった。
「さて、理由も説明したんだから、午後9時までにはここに来てくれよ? 9分まで少し待つことになるけど、その間は君のことを聞かせてもらうからさ」
「分かった」
とりあえず返事をして、僕は午後の授業へと向かった。
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