赤谷誠 VS 雨男 2 その4
空気が破裂するような音が響いた。リノリウムは細かく砕け剥げて舞い上がる。
衝撃波が再びエントランスを駆けて、すでにガラスの失われた窓枠の外、降りしきる雨を押しのけて広がった。ぴしゃりと音がしたあとには静けさが訪れた。
「マジェスティック……やっぱり、普通じゃあないね、君は」
雨男は攻撃に巻き込まれていなかった。
赤鹿が赤谷誠の腕をひとつ握り潰したあと、彼は心のどこかで疑っていた。あの赤谷誠がこの程度で仕留められるだろうか、と。だからこそ、咄嗟に身をかわせた。
赤谷誠のおこなった起死回生が驚異的だった。
雨男は目を見開き、冷汗を浮かべ、けれど余裕を崩さない。
赤谷誠は血がドクドクと流れる左肩を手で押える。
表情は揺らがない。静かにスキル『自己復元』を発動し、止血した。
(自分の腕を犠牲に射出した。驚異的な精神力。これが16歳だと? 末恐ろしい。……私は恐れているのか? この常軌を逸した少年に怯んでいるのか?)
雨男は骨折した肩を押さえ、ギリッと歯を軋ませた。
初撃のダメージからまだ復帰できていない。
戦いたくない。リスクがある。
だが、やらねばならなかった。
想像以上にピンチだからだ。
(試そうとしてしまった。もっとスマートにできたはずなのに。私は赤谷誠相手に、己の技術で勝とうとしてしまった。先生の言う通り。私らしくなかった。なにをムキになっていたのか)
雨男は外界を満たす激しい雨に干渉する。
莫大な水が彼のもとに集積されていく。
(全身の皮膚が内側から裂けそうなほど張り詰め、血管が浮いている。蒸気をまとっていることから、おそらくは体温がかなり高い状態になっている。強化系スキルを使っているのは確定的だ。強化の倍率はとても高い。廃工場で投入された人造人間と殴りあっていた時の赤谷誠に似ている。あるいはあの時より強いか。いま殴られるのは危なそうだ)
思案しながら雨男はチラリと時計を確認する。
(いま英雄高校は深い雨に覆われ、音も視界もそれぞれの建物が孤立状態にある。教室棟からも中央棟からも、どこの建物からも東棟の状況は見えていない。加えてツリーガーディアンという真っ先に目につく脅威。もし仮に”奴”がいたとしても、まず最初に対応するのはツリーガーディアンのほうだ。私たちはあの巨大な怪物の影で仕事ができる。だが、猶予が多いわけではない。想定されている戦力だけでも、ツリーガーディアンは長く保たないことはわかっている。はやければ2分ほどで処理される。運がよければ10分はもつかもしれない。希望的観測だが。どのみち我々が安全に赤谷誠に集中できる時間には制限がある。当初の予定では1分。それ以上は赤谷誠のことを気にしている奴らが駆けつけてくる可能性がある。私たちの身が危なくなる。私が赤谷誠に話しかけ、そしてツリーガーディアン起動をしてからすでに45秒経過──残りは15秒。この時間で決着をつける)
雨男は集積した莫大な水で、手元に水球をつくりだす。
赤谷誠は、それがおおきな技を繰り出すための予備動作であると悟った。
赤谷誠はまずはフィールドを作った。
『形状に囚われない思想』+『くっつく』
──『
「それは知ってる」
雨男はぴょんっとジャンブすると、水のうえに着地。浮遊し始めた。
赤谷誠は先ほど展開しておいた4枚の鋼材プレートを手元に寄せた。
変形させて『
プレート2枚で、1つの鋼材キューブと同質量なため、2発の杭を生成することに成功、すぐのち射出した。
『筋力の投射実験』+『筋力増強』×3+『高密度化』+『膂力強化Ⅱ』+『超人』+『遠隔攻撃強化』
先ほどの状態を継続したまま放たれる2発の杭。
最新版『
雨男はニヤリと笑みを深める。
すでに集めていた膨大な水を一部切り取って、前方へ壁を展開した。
縦横10m、厚さは2m、綺麗な正方形の水盾だ。
雨男の経験上、これはほぼ絶対防御に等しかった。
(スキル『硬水』『結晶化』も付与した水だ。赤谷誠の投射物だろうと防げる)
パンッ! 水が弾けた。
鮮血が飛散する。『
(私としたことが、まったく見えなかった……)
雨男の顔に脂汗が滲み、表情からは余裕が消失する。
(貫通性能を高めた刺突属性攻撃……にしても2mエンチャント水盾を抜かれるとか……馬鹿げた威力だ……)
精神的な優位性を失ったのは、雨男だけではなかった。
赤谷誠のほうは、一撃で仕留められなかったことに痛恨の表情をする。
(いまので仕留めなくてどうする。雨男は次から俺の投射物を侮らない。もっと盤石にガードをするはずだ。当てるのが難しくなる)
激しい雨が天から地へ向かう途中、方向転換し、雨男のまわりへ大集結する。それが自然法則に定まられた雨の挙動であるかのように、滑らかに。
「……前回は失礼だったかもしれない。500mlの水でどうにかしようとしていた。ああ、マジェスティック、君はツリーに選ばれし者だというのにね」
雨がうねる。建物の外が波打ち、水の壁がこの空間を世界から切り離した。
「今回は200万だ。200万リットル。これで相手しよう」
「もうすこし加減してくれてもいいんだが」
赤谷誠は軽口を叩きながら、いましがら飛ばした『
雨男が指をパチンと鳴らすと、金属の杭2本それぞれに雨水が収束していき、包み込んだ。膨大な水はそのすべてが筋肉であるかのように、巨大な固定力をもっていた。
だが、いまの赤谷誠はパワーの権化だ。
『筋力の投射実験』は複数の強化系スキルのバックアップを受け、驚異的な引力で、『
膨大な水による固定と、引き寄せようとする力。
雨男は0.5秒で判断する。この綱引きは勝てない、と。
ゆえに綱引きに割くリソースを別へまわした。
鋼材が主の元へ戻るよりもはやく、雨の弾丸が13発放たれた。
それぞれが数リットル単位の水を固めて放っている高性能ホーミング弾だ。
すべての入射角が異なる。
雨男の高度なスキルコントロールによりなされる回避困難連携。
同時にすべてが破壊力を有する。金属の盾だろうと容易に穿てる。
(お前の回避能力はすでに知ってる。この数、この連携、お前は未体験だ。避けることは不可能だ)
赤谷誠は鋼材が戻ってくるのが間に合わないと判断した。
『浮遊』+『筋力増強』×3+『高密度化』+『超人』+『膂力強化Ⅱ』+『瞬発力』+『スーパーステップ』
『
(ちょっと当たったけど、致命傷はなし。問題はない)
(馬鹿な! かわされただと? 速すぎる、回避性能が以前と別モノだ……っ)
(雨男の水弾は脅威だが、前回からの経験値がある。『学習能力アップ』で予習済みだ。出力や規模が変わったところで、ホーミング軌道の癖は以前としてある)
赤谷誠の視線は東棟を包み込んだ水膜へ向いた。
(完全に包囲ってか。この水膜がエントランスだけを包んだだけで、この建物の外には逃げられないと錯覚させるものなのか、それとも本当に建物全体を包んでいるのかいまは判断できないが、雨男のスキルパワーは馬鹿げている、東棟を包んでいてもおかしくない。だが、大丈夫だ。東棟は十分デカい。屋内だけでも逃げ回れる)
赤谷誠はおおきく息を吸い込んだ。
胸いっぱいに空気を含むと、口から黒い煙幕を勢いよく噴射した。
まるでタコが墨を吐くかのような所作に、雨男はギョッとする。
その黒い煙幕は、液体と気体の中間のような質感をもっていた。
滑らかに、されど凄まじい勢いで広がり、あっという間に赤谷誠の姿を隠した。
スキル『黒い靄』。
魔導の師が授けた技を弟子は完全に会得していた。
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます