お久しぶりです、羽生先生
羽生先生とまさかこんなところで会うとはな。
俺はソフトクリームを見やり、「これは?」と一言たずねた。
「1年1組で買ったんだよ。800英雄ポイント。ちょっとボッタくってると思うけど、学園祭ならこういうものだろう──うん、美味しいねぇ!」
俺もソフトクリームをひと口。まぁ普通のソフトクリームだ。美味い。
「羽生先生はどうしてここに?」
「どうしてって、そりゃあ、英雄祭を見に来るために決まってるじゃあないかぁ? それ以外に、今日、この時、学校に関係のない大人がやってくるとでも?」
「まぁそうっすよね……」
「ところでさ、赤谷くん、君の噂をたくさん聞き及んだよ。チェインに関する一連の事件のあと、今度は『
羽生先生はニヤニヤしながら、背もたれに腕をまわし、ふんぞり返るように座す。
「なにも面白いことなんてありませんよ。本当に不運です。俺はもっと普通に平和に学校生活をおくりたいのに」
「運命が君を逃がしてはくれないようだ。そういう星の元に生まれてしまったのだから、受け入れるしかない。人は自分で思ってるほど、己の人生をコントロールする力を持っていないんだから」
「それ高校生にいうべき言葉ですかね。自分の未来は自分で掴み取れとか、大志を抱けだとか……運命論を語り聞かせるには、俺たちは若者すぎますよ」
「確かに。若者は運命論は好きじゃあないかもね~。まぁ、僕は先生でもなんでもないからね。暇な大人の戯言くらいに受け取ってくれよ」
肩をすくめる羽生先生は「時に、赤谷くん」と矢継ぎ早に、話題を展開した。
「もしかして、いま凄く怯えていたりしないかい?」
「どうしてそう思うんですか」
「周囲に気を配っては、ビクッとしたり、逃げるようなそぶりを見せたりしてるからかなぁ」
「……。もしかして、羽生先生っていまも俺のこと監視してる怪しい黒服たちと関係あります?」
「ある。あるっちゃある」
俺はソフトクリームを見つめる。
「もしかして、これに睡眠薬が入ってるとか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「俺を拉致して、どこか秘密の施設に監禁するために」
「なんと……すごい被害妄想だ。可哀想に、こんなに怯えて。まるで産まれたての小鹿みたいにビクビク震えてるじゃないか」
羽生先生は俺の肩にポンッと手を置いた。
「大丈夫だよ~恐いことはないもないんだからね~。黒服たちは君の身の安全を守ってくれている。それだけなのさ」
「守ってる? 俺を? それってどういう?」
「赤谷くんは自覚が足りない。崩壊論者たちが一般公開日に乗じてこの学校に乗り込んでくるかもしれない。そうは思わなかったかい?」
俺はハッとする。
確かにその通りだ、と。
「英雄高校は生徒にとって安全な場所だ。ここへの攻撃はある人物を怒らせると崩壊論者たちは知っている。だから、攻撃しようなんて根性のあるやつはいない。仮に攻撃されたとしても、返り討ちにできる者が常駐してる。そもそも学校なんて、攻撃する理由も生まれにくい場所だけど。まぁ、それはさておき、ここで事件を起こすには、度胸と巧妙さが必要だ。そして、度胸と巧妙さがあるならば、欲する物を手に入れるために、英雄高校に乗り込んでくる可能性がある──」
「欲する物を手に入れるために……」
俺は羽生先生の瞳を見つめる。
彼の眼差しには怜悧な光が宿っていた。
欲する物か。それってさ……。
「とまぁ、そんな具合だ。だから、僕たち大人は赤谷くんを守るために、影ながら見守っているのだよ~」
「……。羽生先生も俺を守ってくれていると?」
「いいや、それは違うかなぁ。僕は本当に一般客だよ。短い期間だけど、職場だった場所だ。愛着が湧いたのかもしれないね~」
この人は平気で嘘をつきそうなこと、俺のなかでは有名だ。
だから、言っていることが本当だとは限らない。
羽生先生には別に目的があるのではないか、とつい疑ってしまう。
「なんで俺の見守り隊のこと知ってるんですか? 一般客なのに」
「僕の知り合いに頼まれたからだよ。赤谷くんも知っての通り僕は財団の人間さ。『監視対象に気づかれてしまった。巻こうとしてくるから安心させてほしい』って頼まれちゃって。僕と赤谷くんは知らない仲じゃあないだろ? だから請け負ったのさ」
「チェインが英雄高校に執着していることがわかるなり、非常勤講師になったり、用が済んだら退職したり……そんなに自由にできるのってすごいことだと高校生ながらに思うんですけど。羽生先生って何者なんですか?」
「総務っていうのかな。平たくいえばプロの雑用係だよ。いろいろやるんだ~」
「もっと教えてくださいよ」
「欲しがりだねぇ〜。うーん、でも、言えることは少ないかなぁ」
「そこをなんとか」
「それじゃあ、ひとつだけ。──僕は胸に手をおいて誓えるよ。世のため人のためになる仕事をしてる、とね。これじゃあダメかな?」
「ダメって言ったらもっと教えてくれるんですか?」
「意地悪な子だなぁ。それじゃあ良い大人になれないよ」
のらりくらり。これはどれだけ問い詰めても教えてはくれなそうだな。
「とにかく、赤谷くん、君は彼らに狙われていることを忘れてはいけない。今日という日は特に」
より革新的な質問をしようか。
「羽生先生、さっき欲する物のために崩壊論者が学校にやってくるかもって言ってましたけど」
「ん? それがどうかしたかい?」
「それってつまるところ、崩壊論者たちが俺のことを欲してると知ってるって意味ですよね」
羽生先生は口元に手をあてた。
表情は見えないがすこし笑っているような気がする。
欲するという言葉。ツリーキャットの発言。
俺のスキルツリーが聖地への巡礼を果たす鍵であること。
財団がそれを求めるのならば、崩壊論者も同様に求めるのでは、という推測。
これからは俺やツリーキャットの視点だからこそ知り得ていることだ。
羽生先生はあたかも、こちらの事情をすべて知っているように話した。
崩壊論者が欲している──つまり、崩壊論者が俺のスキルツリーを欲している、羽生先生はそう言ったのだ。
「羽生先生、あなたは……何者なんですか? どうして崩壊論者が俺の命を狙うのではなく、欲するなんて言い方したんですか。樹のこと知ってるんじゃないですか」
「はぁ、不安にさせないつもりで話かけたんだけど、逆に疑心を生んでしまったようだね~。やっぱり、僕にこういうのは向いてないなぁ」
「羽生先生、答えてくださいよ。あんたも、あの不審な収容員の仲間なんでしょう? 俺と知り合いだから、近づいて信用を得ようとしたんですか?」
「不審な収容員? あー、なるほど。そういうことかぁ。まぁ、落ち着いてよ。赤谷くんにこれ以上、怪しまれても仕方がない。正直に話そう。──僕はその不審な収容員の友達ではあるんだ。たしかに少し相談もされた。心を開いてくれないって。だから、かつては教諭だった僕なら、信頼を得られるだろうと、そういう打算はあった」
「やっぱり、そうだったんですね……」
「でも、それ以上のことはない。僕の口から言えるのは、その不審な収容員は信頼できる男だってこと。それと、彼ないしダンジョン財団は崩壊論者に君を奪われることは避けたいと思っていること」
「なるほど、理屈は通ってますね」
「だろう? 疑いが晴れて嬉しいよ」
「疑いが晴れたというか、ただ自白しただけですけど」
羽生先生は、そっち側の人間……か。
「交渉は僕の仕事じゃあないし、この案件は僕の担当ではないから、深く言及はしない。──でも、ひとつ口を挟ませてもらえるなら、こう言いたい。赤谷くん、その『不審な収容員』のこと信用してあげてくれないかい」
この人は、あの廃工場でのチェインとの戦いで、俺の命を救ってくれた恩人だ。いまの俺があるのは羽生先生のおかげだ。彼は良い人だ。
それはわかってるのだ。でも、俺の意思は揺らぐことはない。
「考えておきます。でも、羽生先生がそっち側だったのはショックでした」
俺はそう言って、ベンチから立ち上がった。
「嫌われちゃったか。若者の信頼を得るのは難しいなぁ。……まぁいっか。とにかく、崩壊論者たちの手に君が堕ちなければそれで」
羽生先生もたちあがり、俺に背を向けた。
「にしても、無駄足だったね。もう君に護衛は必要ないように見える」
「あれ? もしかして俺、見捨てられました? そこまで言われると逆に不安になるんですけど」
「あぁ、いや、そういう意味じゃなくてね~……だって、赤谷くん、最後に会った時とは比べ物にならないほど実力をつけてるじゃないかぁ~」
気づいてくれるのか。地味に嬉しいな。いや、かなり嬉しいな。
「自分の身は自分で守れるぜ、って覇気を感じる。うんうん、異常攻撃に対する防衛論を受け持っていた先生として、嬉しい限りだなぁ~」
「いまなら羽生先生のことも倒せますかね?」
「倒せるかもしれないねぇ~」
羽生先生はそういいながら、背中越しに手をヒラヒラ振って行ってしまった。
まさかあの羽生先生に褒めてもらえるなんて。俺ってやっぱり変わったんだな。
怪しげな黒服たちが、財団からの好意で動いているとわかれば、恐怖や不安はすっかりはなくなった。俺のことを可哀想だと思って、羽生先生が出てきてくれていまとなっては良かったように思う。
残念なのは、俺は羽生先生の意向にはそえないことだ。すみません。
俺は大事な友のために、友の願いのために、聖地への巡礼を行います。
心のなかで謝りつつ、 俺は教室棟へ足を向ける。
「──おや、君はさっき神華といっしょにいた男の子かい?」
思いふけっていた思考から、浮上して声にする方へ意識を向けた。
目の前にたつ長身イケメンが、キョトンとした顔で見つめてきていた。
俺は彼を知っている。
俺を苦しめ続ける悪鬼・
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