監視される猫ナマズ
女子たちに囲まれている男……あれが志波姫神華の兄貴か。
志波姫心景。2学期に入ってからしばらく執着していた099号室の樹人の剣士、そのスペックの元になった人物だ。
爽やかな短い黒髪、知性を感じる眼差し、長い手足、飾らず上品に着こなすシャツとスラックス。スラっと細身に見えつつも、まくられたシャツからのぞく前腕は太い。清潔感、誠実感、理知的、あるいは王子様。そういう言葉がぴったりだ。
「志波姫先輩、来てくれたんですね!」
「先輩、うちのお店にぜひ寄っていってください!」
女子たちが色めきたつのも道理か。
「ありがとう、卒業した時間が経つのに覚えててくれて嬉しいよ」
志波姫兄が優しい声でいうと、女子たちは甘い吐息をもらした。
そんなにイケメンがいいかね。ね?
すこし離れたところで志波姫兄を、志波姫と傍観する。
「母校訪問か。お前の兄貴、卒業生なのに大人気だな」
「兄はそういう人間よ。関わった人間みんなにいい印象を残すの」
「へえ、そりゃすごい。どこかの誰かとは似ても似つかないな」
「出会った女子皆にすぐに発情するナマズ系男子とは正反対という意味ね。なるほど」
「俺じゃねえよ。お前のことだっつーの」
「あらそう? 支離滅裂なせいで文脈が読み取れなかったわ」
志波姫は俺の耳をつまんだまま、踵をかえして、元来た方向へ転換した。
再び俺のプリティなモフモフ耳が引っ張られる。
「あ、あれ? 兄貴にいるのに、いいのか?」
「なにが? わたしになにをしろと言うの?」
「いや、別に何をしろって意味じゃあねえんだけど……」
志波姫と兄貴には、『剣聖』をめぐったいざこざがあったはずだ。
八神から聞いた話や、志波姫が夏休み前に実家に帰りたくなさそうにしてたことから、彼女が兄とあんまり上手くやれていないことはわかる。
樹人の剣士を倒したいま、なにか物事は先に進むことができるはず。
俺はそう思うのだ。志波姫だってわかっているはずだろうに。
階段の踊り場まで連行されて、俺はようやく解放された。
「赤谷くん、今日は財団のエージェントが治安維持に駆り出されているのよ」
「そうみたいだな。外で見たぜ」
「わかっているのなら大人しくしておくことね。あなたは息する火薬庫なのだから」
「いや、別に俺のこと監視するために駆り出されてるわけじゃねえだろ。あれは我らが英雄高校の誇る特級無法生徒・薬膳卓のお目付け役だぞ」
「それは楽観的すぎね。配置状況、視線から見て、1年4組が特に注意を向けられていることは明白よ」
「そうなのかよ。お前すげえな」
「このくらいは標準的に備えておくべき注意力だと思うけれど」
求められる注意力が高すぎる件について。
「1年4組で監視すべき人物はひとりしかいないわ」
俺は周囲をさりげなく伺う。
黒服が階段うえにいた。こちらに背を向けているが……怪しい。
「もしかして、マジで俺監視されてんのか?」
「あなた今度はなにをやらかしたの」
「何もしてねえって」
「何もしていなけば、財団の黒服に監視されることはないのよ」
思いあたる節があるとすれば、先日の収容員との接触だ。
彼はダンジョン財団の人間だ。そしてスキルツリーについても知っていた。
あの収容員の意向にそわない返事をしたため、危険分子として見られているのかもしれない。もしかしたら、俺のことを拉致して、無理やりツリーを奪う気なのかも。
嫌な想像をしだすと止まらなかった。
いいや、ここは冷静になるべきか。
拉致するとしても、どうして今日なのだ。
わざわざ英雄祭で俺を狙う必要はない。平日でいいのだ。
あるいはだからこそ? 来校者で溢れる今日なら攫いやすいとでも? 一利あるような気もするが、でも、デメリットのほうが遥かに大きいように思える。
ならば、黒服たちの目的は俺の拉致ではない。
それじゃあ、なぜ俺は監視されてるんだ?
「とにかく、今日は不用心な悪さをしないことね」
「あっ、志波姫、もう行っちゃうのか?」
この状況でひとりになるのは、ちょっと心細い。
「なにかしら、その言いぐさ」
志波姫はたちどまり、肘を抱いた。半眼で見てくる。
「……わたしに一緒にいてほしい、とでも言いたげね」
「い、いや、そういう訳じゃあねえんだけど……」
「そう。ならわたしはもう行くわ。このあとクラスの出店でシフトが入っているのよ。あなたに構ってあげられる時間はないのよ。それじゃあね、赤谷くん」
志波姫はテクテク歩き去っていった。
彼女が近くにいれば何かと心強かったが、まんまと逃がしてしまったか。
うーむ。どうしたものか。
こうも監視されているとなると不安だな。
知ってしまった以上、彼らの目的を知りたくて仕方がない。
うーむ、うーむ。
どうしたものか。
まだ疑いの段階だ。
もうすこし検証してみるか。
俺は周囲へ意識をくばりながら、教室棟をでて、他の棟へいってみたり、中庭などを歩いてまわってみたりした。
結果として、俺は確信を得た。
マジで監視されている、と。
「どうして、俺がこんな目に」
俺は教室棟前のベンチに腰掛けて頭をかかえた。
すっかり恐くなってしまっていた。
黒服に尾行され、物陰から監視され。
こんなことをされるいわれはない。
「おや、その根暗がにじみでたナマズ顔、もしかして赤谷誠くんかい?」
声が聞こえるなり、顔をあげた。
そこには大人がたっていた。両手にソフトクリームを持って。
黒髪短髪黒瞳、日本社会のどこにでも溶け込めそうな容姿。タイプ的には誠実な青年というより、どこかヒモっぽさのあるイケメンと言えよう。飄々とした態度も特徴と言えば特徴。白いシャツにネクタイを緩く締め、よれよれのコートを着ている。人生に疲れた探偵みたいな格好だ。
俺は彼を知っていた。
「
「覚えててくれたんだねぇ。あっ、でも、もう先生はいらないよ。いまはただの羽生お兄さんだからねぇ~」
彼はそういうと、両手にもっていたソフトクリーム、うちひとつを俺に渡してきた。彼はそのままベンチに腰をおろした。
どうして羽生先生がこんなところにいるのだろうか。
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