最強にゃんにゃんメイドカフェ

 テーブルクロスの敷かれた机につき、スプーンを手にして鼻歌を奏でるお客のもとへ俺は『普通のオムレツ』を配膳する。ほのかに輝きを帯びたオムレツは、開店準備でがやがやしている1年4組の教室内でも視線を集めていた。


「赤谷のオムレツなんか光ってね?」

「知らんのか。あいつは料理が達者なんだぞ」

「ミスター・アイアンボールが祝福飯の料理人なのは界隈じゃ有名だろ」

「いや、俺、その界隈よく知らねえし……お前ら詳しくね?」


 がやがや話しているのは、遠くで腕組みをしてるアイアンボール界隈の男子生徒たちだ。


「お客様、こちら『普通のオムレツ』になります」

「違うよ、赤谷! これは『にゃんにゃんオムレツ』ね!」


 林道は頬を膨らませ、指をたてて指導してくる。


「……じゃあ『にゃんにゃんオムレツ』になります」

「ケチャップで『にゃんにゃん』って描いて!」

「それは俺の仕事じゃないんだが」

「赤谷ににゃんにゃんって書いてほしいなぁ! なぁーお!」

「……仕方ないやつだな」


 俺はケチャップの容器を逆さまにし筆を走らせた。

 塊のケチャップがぶちゅっと音をたてて発射された瞬間やる気を失う。


「ふくく……まぁ、大事なのはケチャップがかかってる事実だからね!」


 林道は堪えるように笑いながら、オムレツの黄金の身にスプーンを差し込む。


「いただきまーす! ん~! やっぱり、オムレツも美味ひい~!」


 林道は悶えて頬を押さえた。

 フワフワの耳はご機嫌に上下運動を繰り返す。

 尻尾は俺の足に巻き付いて、離れようとしてもぐいぐい引っ張ってきた。


「お、おい、皆、あれを見ろ……!!」


 誰かが動揺を漏らした。

 そこに冗談は一切含まれていない迫真の声で。


 何事だと視線を見やれば、皆が騒いでいるわけがわかった。

 1年4組の教室の外、そこに降臨していたのだ。奇跡が。


 男子も女子も、その聖女の姿におののき道を開ける。

 聖女は人垣がつくりだした道を遠慮なくトコトコと歩き教室にやってくる。


 なびく銀色の髪、純粋で清廉な蒼瞳、ふわふわの猫耳もあいまって見ているだけで重病を癒し、死者たちすら永劫の眠りから覚めて、ひと目見るために起き上がる。

 

 神の愛を受けし聖女は、いまメイド服に袖を通した。

 ふりふりした短いスカートは本来のクラシックなメイド服にはない、挑戦的な艶めかしさを有し、よく鍛えられた白く健康的な太ももをいっそう輝かせていた。


 胸元も上側が大胆に開かれている。カタログでの衣装を見た限りではあそこまで開いていなかったが、いまにして思えばそれは普通のサイズの場合なのだろう。聖女様は豊かなのである。ゆえにメイド服を内から押し上げすぎてしまうのだ。

 

「聖女様がメイド服を着ている、だと……ッ」

「いいや、ただの聖女様じゃあない。にゃんにゃん聖女様がメイド服を着てくださっているんだ……! あれはにゃんにゃんメイド聖女様だッ!」

「生物の限界をたやすく超えている……! 有史以来、ここまで可愛い生物はいなかった……ッ! ぐあぁあああ!」

「ふええ! お顔、お耳、尻尾、可愛すぎ死んじゃうよー!」


 光を放ち、信者たちを尊さで焼き尽くす。

 彼女はキョトンとした顔でまわりで騒いでいる者たちを見つめながら、俺のもとまでやってきた。


 普段なら緊張しないが、今日はちょっと胸が痛かった。

 メイド服×にゃんにゃん×ヴィルト。乗算ゆえ天文学的な威力に到達している。


「赤谷、これ見て」

「見てるが」


 もうすごく見てる。


「ん、感想をいうべき」

「感想……似合ってるんじゃないか?」

「でも、これちょっと小っちゃいと思う」

「どうだろう、それが逆がいいのかもしれない、じゃなくて、そんなことねえって。全然そのままで大丈夫だ」

「ん、赤谷の尻尾、すごく揺れてる。私を見て喜んでる」


 ヴィルトは体をかたむけて、じーっと俺の背後で揺れる尻尾をみてくる。

 しまった。尻尾が動いてしまっていたのか。すっごく見られている。恥ずかしい。


「い、いや、これは違くて……林道にオムレツを食べてもらって、美味しいって言ってもらえたのが嬉しかったんだ」


 咄嗟にひねりだした言葉。


「もぐもぐ、ごくん。へえ、赤谷っていつも澄ましてるけど、美味しいって言われたら、こんなに尻尾動いちゃうくらい嬉しくなっちゃうんだ! えへへ、素直じゃないな~!」


 林道はにへら~っと笑みを浮かべた。

 

「い、いや、それも違くてだな……」

「ん、琴音、赤谷のオムレツ食べてる」

「えへへ、いいでしょ! 赤谷が作ってくれたんだよ! 私だけに!」

「ん! これは不公平。赤谷、私にもオムレツをつくるべき」


 ヴィルトは頬を膨らませて、俺の腕に抱き着いてきた。

 豊かな胸があたっている。ふにゃぁっと柔らかい。


 このいたずら猫め!

 あー、いけません、いけません! 聖女様がそんなことを!

 あー、おやめください! おやめください!


「ヴィルト、近くないか……?(小声)」

「ふーん、赤谷、意識しちゃってるんだ」


 ヴィルトは澄ました顔をする。

 なお頬は朱色に染まっている。

 

 いや、意識しちゃってるんだ、じゃないだろうが。

 どう見てもそっちもわかってるだろうが。

 ええい、この聖女は自爆技ばかり使いよるからに。


 ピンとたった銀耳で顎のしたあたりをつんつん攻撃してくる。


「耳くすぐったいんだが」

「これはわざと」

「わざとかぁ」

 

 周囲から怨嗟を向けられている。

 羨望は憎しみに変わり、この世界すべてが俺を排除しようとしている。


「わかったから、オムレツくらい作ってやるから。離れろって」


 俺は急いで離れて、IHコンロの前へ。

 だが、ヴィルトは一緒についてくる。絡んだまま。


「本当に作ってくれるかわからない。私は監視するべきだと思う」

「なにを言ってんだ、料理ができないだろうが、ええい」


 どうにかヴィルトを引き離した。

 本人は不満そうに頬を膨らませていたが、これでいい。


「まぁーお~」

「なぁーご、なぁーご!」


 すぐに林道と猫声でのおしゃべりを始めた。

 メイド服というだけで可愛いのに、猫しぐさもあいまってとんでもない。

 いきなり可愛さのインフレを起こしているみたいだ。

 だめだって。社会が壊れちゃうって。この世のバランスが。


 しかし、だからこそ、これは凄いことになる。

 そんな予感があった。

 

 案の定、開店後は凄いことになった。

 

「うおおおおお! 聖女様がメイド服を着ていらっしゃるぞ!」

「にゃんにゃんオムレちゅ~! にゃんにゃんオムレちゅ~!」

「可愛すぎておかしくなっちゃうよ……!」


 すでにおかしくなった生徒たちで、1年4組まえは溢れかえっていた。

 メイド服ヴィルトの威力のまえでは、誰であろうと逆らうことはできない。


「こら、散れい、散れいー!」

「ハハハ、うちのクラスが大繁盛なのは良い事だが、これは迷惑だよ。今日は一般のお客さんも来るんだから恥ずかしいことはやめるんだよ」


 開店から1時間ほど混乱が続いたのち、芹沢先生やオズモンド先生が生徒たちを解散させ、風紀委員会による取り締まりがはじまった。


 そこまでしてようやく混乱はすこしおさまった。


「ふふ、ヴィルトさんのメイド服が強すぎる……」


 林道は不貞腐れたようにいう。

 配膳用のトレイを片手に俺の料理するオムレツを待ちながら。


「私だってにゃんにゃんメイドなのに~!」

「安心しろ。お前も十分……あぁ十分だよ」

「え? 十分可愛いよって言った?」

「言ってねえだろ、おら、さっさとオムレツもっていけ」

「えへへ、なんだか今日の赤谷は素直さんだね~! 可愛いだなんて、恥ずかしいよ……あっ、そうだ、赤谷もそのコック帽よく似合ってるよ! かっこいい!」

「いいって。もう。はやく行けよ」


 俺は林道を送り出し、すぐさま次の注文ナポリタンに取り掛かった。

 本人はああ言っているが、実際は、林道もかなりの注目を集めている。

 ヴィルトに全然負けてない……は嘘になるが、素晴らしい集客力をもっているのは間違いない。我らが1年4組の誇るにゃんにゃんメイド部隊は最強だ。


「おーい、にゃんにゃんコック、ナポリタン2つ追加でー!」


 ※にゃんにゃんコックもいます。


 激動の午前中を終えると、俺にも休憩の時間がやってきた。

 ずっと料理をし続けてけっこう疲れてしまった。


 俺はコック帽を外し、コックコートをを脱いでメイドカフェをあとにした。

 どんな出店があるかすこし見て回ろうか。

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