温泉掃除

 朝起きて、ツリーキャットの温もりがないことに寂しい気持ちになりながら、洗面所でツリーを展開する。全展開すると天井を突くサイズになってきているから、あくまでちょっと顔をのぞかせる程度にとどめるのがコツだ。今日もスキルツリーを成長させていこう。


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【本日のポイントミッション】

  毎日コツコツ頑張ろう!

   『温泉掃除』


 温泉を掃除する 0/1


【継続日数】30日目

【コツコツランク】ゴールド

【ポイント倍率】3.0倍

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 これは……初めてのポイントミッションだ。『温泉掃除』とな。風呂を掃除すればいいのかな。楽勝じゃあねえか。ゴシゴシ。俺は10分ほどかけて軽くスポンジで自室の浴槽を擦って掃除をした。だが、ポイントミッションの進捗状況が変わることはなかった。

 もしかしたら、自分の風呂のことではないのかもしれないと思い至る。英雄高校には風呂に関する施設がやたら多くある。まずは寮の各々の部屋に備え付けられた個別のお風呂。次に寮に備え付けられたデカい風呂。女子寮のそれはデカくてゴージャスらしい。ちなみに何故か男子寮にはない。

 あと実は学園内に温泉がある。スーパー銭湯、健康ランド、スパリゾート……呼び名はなんでもいいが、まあそんな感じのやつだ。和のテイストがふんだんに盛り込まれた竹林の装飾が施された露天風呂は趣があって印象に残っている。俺も興味本位で一度だけ行ったことはあるが、まあ賑わっていた。地味に寮から遠いので、面倒で足を運んでいないが……このポイントミッションがあそこのことを言っているのだろうか。よくよく考えれば『”温泉”掃除』とあるな。これは俺の勘が当たっている気がする。


 部屋を出て、寮の1階、事務所へ足を運ぶ。電気がついている。


「おはようございます、ダビデ寮長」

「赤谷ボーイ、おはよう、いい朝だ」

「温泉棟の掃除をさせてもらえませんか」

「いきなり文脈が意味不明だが、赤谷ボーイ」

「いや、まあ、その……英雄ポイントを稼ごうと思って。彼女と渋谷に繰り出すための資金が足りなくてですね。バイブスあげてこー、テキーラ追加、って感じです」

「微妙に渋谷のイメージとずれている気がするが、まあ言いたいことはわかった」


 英雄ポイントは円に両替可能だ。もっとも1P=1円とはいかない。だいたい半分くらいの価値に下がるとされてる。この学校の生徒にとってはほぼ唯一の外貨収入源だ。


「言いたいことはわかる。しかし、赤谷ボーイ」

「なんです。おかしな話ではないでしょう。若者はみんなお金が欲しくてたまらない。人付き合いは金ですよ」

「君にガールフレンドがいるはずがない」

「恐ろしく失礼ですよ、俺だって彼女くらいその気になれば━━」

「不可能だ」

「なんで寮長が言い切るんですか……っ」

「まあいい。英雄高校では求めるものには与えられる。温泉掃除。やりたいと言うのなら止める理由もない」


 ダビデ寮長は机のうえの時計を見やる。


「まだ6時か。この後はいつものようにトレーニングに行くつもりかね、赤谷ボーイ」

「ええ、他にやることもないんで」

「では、朝のうちに取り掛かるとしよう」

「マジすか、行動力の鬼ですか」

「きみこさん、少し出てきます。━━いくぞ、赤谷ボーイ」 


 ダビデ寮長は事務室の相棒のおばちゃんへ一声かけて、のっそり動きだした。普通に遠い温泉棟にたどりつき、人の気配のない静かな廊下を通って大浴場へ。


「温泉棟は一般客にも人気の施設だ。午前10時には営業開始する。普段ならもう少しあとに掃除を始めるがな、物事ははやいほうがいい」


 ブラシを渡される。


「まさかこんな速攻で始まるとは思ってなかったです」

「なあに、温泉棟での掃除バイトは地味に人気のバイトだ。一般募集をかけていない知る人ぞ知る、な」


 やたらスムーズだと思ったら、学園内バイトとして存在するのね。


「わっ、赤谷だ!」


 女子の声にふりかえると、ジャージ姿の見覚えのある顔がいた。

 黒い髪を紐でまとめ元気に揺らす明るい表情の女性徒。林道琴音。群馬の者であった。


「どうして林道が」

「いやいや、こっちの台詞だって。このスーパー稼ぎスポットのバイトを見つけるなんて、赤谷もめざといねえ」


 このバイト稼げるんですね。全然知らなかったです。


「赤谷ボーイと林道ガールは知り合いのようだ」

「ええ、実は同じクラスなんです、だよね、赤谷」


 林道はぴょんっと跳ねて、俺の肩にぽんっと手を置いた。ドキッと心臓が跳ね上がり、体温が急激に上昇、脈拍が危険値まで加速する。え、もしかして、林道、俺のこと好きなんじゃ……っていかんいかん。また悪い癖が。俺は一歩そっと林道から距離を置いた。


「え、どうしたの、赤谷、もしかして、嫌だった……?」


 不安そうな顔で、林道は見つめてくる。目を逸らしながら俺は答える。


「いや、実は右肩の……やつにつけられた古傷が痛むんだよ」

「一体どんな過去が!?」


 無意識にカッコいい感じの嘘をついてしまったが、信じてくれているようだ。

 しかし、今のは危なかった。気をつけてください、林道さん。思春期男子はいきなりそんなことされたらダメなのよ。勘違いしてすぐ好きになっちゃうから。特に俺みたいな種族は、オタクに優しいギャルが存在してるって夢を捨てきれないから。別に俺オタクじゃないし、林道はギャルじゃないけど。


「よかった。どうやらふたりは仲良しのようだね。林道ガール、赤谷ボーイにレクチャーを頼むよ」

「えー」

「おい、林道、露骨に嫌そうな声出すんじゃない」

「だって赤谷、ふたりになった途端、胸触ろうとしてくるキモいところあるし」

「とてつもない誤解を生むのはやめてもらおうか。ダビデ寮長、そんな目で見ないでください」

「あはは、冗談だよ。赤谷は根暗で基本ナマズみたいな目しててキモいところあるけど、本当はすごく頼りになるもんね」


 前半で名誉を削った分、後半の『本当はすごく頼りになる』で挽回できてないのでは。『根暗で基本ナマズみたいな目しててキモい』でマイナス点稼ぎすぎだと赤谷は思います。


「では、林道ガール、赤谷ボーイを頼んだよ。危ないことがあれば大声を出したまへ」

「わかりました!」

「わかりました、じゃないんだよなぁ」


 その後、俺は20分ほど林道にレクチャーを受け、朝の仕事に取り掛かった。所要時間は1時間30分ほどだった。探索者見習いの能力を使えばおおきな浴場もあっという間にきれいになる。朝だけで4,000英雄ポイントの稼ぎ。なるほど。確かに悪くないバイトだった。


「ふう、これで朝のお勤め完了!」

「意外と疲れたな」

「でも、意外と楽しかったね!」


 林道はにかーっと太陽のような笑顔を向けてきた。これは群馬の宝か。眩しい。


「また温泉掃除する?」

「まあ、機会があればな」

「また赤谷とバイトしたいなぁ」


 それは俺のこと好きということ!? ああ、いかんいかん。


「あはは、なーんてね!」


 林道はパタパタと手を振ってないないっと示した。自分で冗談を言ったのになんだか気恥ずかしそうだ。


「それじゃあ、またクラスでね、赤谷」

「おう」


 女子寮へ走って戻っていく林道と別れる。元気に揺れるポニーテール。少し背中を見送って、俺も男子寮へ戻った。

 

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【本日のポイントミッション】

  毎日コツコツ頑張ろう!

   『温泉掃除』


 温泉を掃除する 1/1


【報酬】

 3スキルポイント獲得!


【継続日数】31日目

【コツコツランク】ゴールド

【ポイント倍率】3.0倍

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 部屋に戻り、スキルツリーの報酬を受け取る。時刻は午前8時10分をまわっていた。登校まで時間がある。少しだけポイント振り分けをしてしまおうか。お楽しみタイムだ。

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