日常に戻りゆく

 ミスター・アイアンボール。最高にバカみてえな名前が飛び出したな。

 それも朝、教室に登校した段階でクラスで浸透してるって何事だ。


「さあ、みんな席についてホームルームを始めるよ! お、ミスター・アイアンボールもいるね!」

「「「HAHAHAHAHA!!」」」


 教室の前の扉からフラクター・オズモンド先生が入ってきた。なんとなくわかったぞ、お前の仕業か。

 生徒たちはささーっと自分の席に戻る。俺は「アイアンボールやめろよ……定着させるなよ……」と心の中で思いながらも、みんなに認知されて嬉しい気持ちも感じていた。恥ずかしさと嬉しさ、あとはぼっち極めていたので誰にも抗議できない寂しさとが入り混じって、なんとも複雑な気分で席に戻る。


「みんなさぞかし不安に思っているだろう、ダンジョンホールがあったのに授業なんか初めて大丈夫なのかって。学園内にあるあのクレーターと破壊されたゲートはなんなのかって」


 学園の裏手、俺がダビデ寮長と一緒に草むしりしたクレーターには半壊した黒門がある。

 英雄高校に通う生徒なら誰でもわかる通り、あれはダンジョンゲート。つまりダンジョンの入り口だ。

 俺たちはあそこから外へ出てきた。俺は気絶していたから運ばれたが━━話に聞くには志波姫が担いでくれたらしい━━、意識があった者は自分の足で歩いて出たはずだ。


「まず第一に安心してほしい。もうダンジョンは死んだ。今度こそ完全に死んだ。あのダンジョンがダンジョンホール現象を起こすことはできない。でも、まあ、不安な生徒たちもいるだろう。そういう生徒には公欠扱いでの欠席を認めている。だから、ちょっとクラスが寂しいが」


 言われてみれば空席が目立つ。

 というかうちのクラスは半分くらい出席していない。

 

「だが、問題は解消はされているんだ。本当に安心してほしい」


 オズモンド先生は言葉を重ねて、生徒たちの不安を解消しようと試みていた。

 出席している生徒の多くはダンジョンホールに巻き込まれなかった生徒だ。巻き込まれた被害者たちこそ欠席しているわけだ。そう思うと、先生の言葉は届けるべき相手には届いていないような気がした。

 オズモンド先生はいくつかの事実を話さなかった。

 件の崩壊論者”黒鎖チェイン”のことだ。俺自身、そいつの名前を直接財団側から聞かされていない。ツリーキャットが調査していた情報を流してもらったので、特例的に俺は今回のダンジョンホールが単なる事故ではないことを知っている。

 だが、オズモンド先生はそのことをホームルームでは話さなかった。彼はあくまで英雄高校の教師だから、ダンジョン財団のエージェントと同じレベルの話は伝えられていないのかもしれないが……。

 とにかく、表向きは完全に事故として扱われるのなら、俺も藪蛇をつつくべきではない。チェインのことは知らないという程で過ごそう。


「はい、ダンジョンホールの話はこれでおしまいだ。通常の連絡に移るよ、不審者が出たらしい。こんな人相の男だ。とっても危険だから見たら絶対に近づかないこと。すぐに教員及び駐在している黒服の人に報告するように。いいね」


 言って、オズモンドは指名手配書のような紙を教室の壁に貼った。

 窪んな目元に不気味な笑みを浮かべた太めの男……チェインだった。



 ━━しばらく後



 朝のホームルームが終わり、俺はオズモンド先生の呼び出されていた。

 やたら広い敷地内を歩いて、ダンジョンホール時間があった件のクレーター近くへやってきた。

 クレーターのあたりには白いテントがずらっと並んでおり、武装した大人たちが彷徨いていた。

 ここだけまだ非日常の様相だ。


「よく来た、赤谷くん。これは君の所有する異常物質だろう」


 白いテント群の入り口付近、オズモンド先生を見つけた。

 彼はピザ生地のように広がった膜に寄りかかって、明るい笑顔を浮かべていた。

 あれは……俺がヴィルトとの戦いの時、志波姫を守るために展開したアノマリースフィアだ。


 俺は盾として展開したピザ生地に『やわらかくなる』を付与して、元の鉄球に戻す。

 オズモンド先生は木製のトランクを差し出してくる。受け取り、中身を確認すれば、もう一個の球もちゃんと入っていた。


「奇妙な異常物質だが、君はそれを使いこなしているようだね。そして、君たちの世代では随一の実力者アイザイア・ヴィルトを止めた」

「運が良かっただけですよ、ヴィルトが俺を助けてくれたんです」

「君はとても友達思いだ、優しい男はモテるぞ」

「嫌味ですか」

「まさか」

 

 オズモンド先生がジョークをよく言うことは1年生の間では有名だ。

 

「その活躍も志波姫くんの口から聞かされている」

「志波姫が?」

「ああ、そうだとも非常に不機嫌な顔だったらしいが」


 やつらしい。非常に奴らしい。


「とにかく、次の授業でもその手腕を振るってくれることを期待しているぞ」

 

 俺は『重たい球』を手に、男子寮へ戻り、ジャージに着替えた。

 向かうは第十三特殊体育館だ。初めていく体育館なので道に迷いながら進む。

 

「志波姫……?」


 体育館に着いたと思ったら、棒立ちしている志波姫を発見。

 ジャージ姿である。何気に珍しい。体が同年代の女子と比べて小さいためか、腕の長さが足りておらず、期せずして萌え袖になっている。最も「萌え袖じゃん」とか言及しよう者なら、こちらの手首を切断され、鮮血の滴る腕を見て「あらお揃いね、萌え袖」とか言ってきそうなので口が滑ってもそんなことは言わない。

 志波姫はこちらを見るなり、眉をひそめる。一気に機嫌悪そうになったな。


「へいへい、俺が視界に映って申し訳ありませんでした」

「あなたは誰だったかしら……そう、確かナマズ君」

「最悪だよ。まだアイアンボールの方がいいわ」

「じゃあ、ナマズ・アイアンボール君で折衷案としましょう」


 どこも折衷できてないんだよねえ。

 嫌なのと、嫌なの合わせただけなのよ。


「なんでこんなところにいるんだよ」

「次の授業、合同らしいけど。赤谷君の他人の話を聞かない才能は目を見張るものがあるわね」


 志波姫は肩にかかった艶やかな黒髪を払い、さっさと体育館へ入る。

 俺もあとを追いかける。


「異常攻撃に対する防衛論の授業へようこそ、この授業は2学期から行われるんだけど、まあノリで急遽今学期から始めることになりました、非常勤講師の羽生はぶです、羽生はぶ先生って呼んでくださいねえ、よろしくどうぞ。はい、今入ってきたお二人さん、遅刻さんだね〜、道に迷ってたのかな〜」

「道に迷っていたこの愚鈍なナマズを連れてくるのに時間を取られました。わたしはまったく道に迷っていません」

「え……? 志波姫さん……? そんな堂々と嘘を……?」

「君はえーっと……赤谷誠くんかな? うん、それじゃあ早速一番手は君だ、遅刻ペナルティ&方向音痴ペナルティだよ」


 なんかわからんが、不利益を被ったことだけはわかります。

 何をやらされるってんだ。

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