ダンジョンホール事件終結

 頭がふわふわしている。外界と皮膚との境界線が曖昧なこの感覚。温かな湯船に浸かっているようだ。ゆっくりと全身の感覚がはっきりしていく。

 瞼を持ちあげる。見知らぬ天井。とりあえず布団から出たくない。ぬくぬくと二度寝でもしようか。そう思って目を閉じる。

 どうやら俺は気がつかないうちに眠ってしまっていたらしい。しかし、いつから眠っていたのか。どこで眠っているのか。それはピンとこない。暖かい布団を抱き寄せて、思考を巡らせる。眠気が勝っているが、記憶を辿るくらいの脳のキャパシティはある。


 俺はダンジョンホールとかいう奇妙な異常現象に巻き込まれたんだったか。そして見知らぬダンジョンに迷い込んでしまったんだ。そこには擬似ダンジョンとは違って本物のダンジョンモンスターがいた。ダンジョン柴犬。奴らを倒して、腹が減って……それで女の子の助けを求める声が聞こえてきて、林道琴音に会って、ああ、そうだ志波姫だ、血まみれの志波姫を……。


 俺はゆっくりと瞼を開ける。

 そうだよ。やべえことがあったんだよ。

 寝てる場合じゃねえ。


 俺はバッと飛び起きた。

 途端に脇腹に凄まじい痛みが走った。

 肉がさけ、内容物が滲み出るような……痛みと一緒に恐怖も湧きあがる。


「安静にしていないとダメだ、赤谷ボーイ」

「ダビデ寮長……ここは」

「保健室だ」


 ダビデ寮長をサングラスをクイっとあげ、筋骨隆々のデカい体には似合わない果物をナイフでカットし、ソーダに入れてスッと差し出してくる。


「イチジクソーダだ」

「また異なものを」

「では、こちらがいいか」

「怪物エネジー……ありがたくいただきます」


 イチジクソーダと乾杯しする。


「生還に乾杯」


 俺は寮長のポケットで温くなった怪物エナジーを飲む。

 疲労感の溜まった体にエナジーパワーが染み渡る。やはりこいつだ。


「生還ってことは、ダンジョンから帰ってこれたんですね」

「その通りだとも。君たちは見事にダンジョンを殺した。素晴らしい活躍だったと聞いているよ、赤谷ボーイ」

「俺は特には……ダンジョンボスを倒したのはどうせ志波姫なのでしょう」

「志波姫ガール。あの若さで卓越した実力をすでに身につけている。すでに最高位探索者の領域だ。末恐ろしいガールだ。生徒たちの話を聞くにどうやら彼女はひとりでダンジョンボスを倒してしまったらしい」 


 やっぱり、志波姫すごいな。

 

「志波姫は無事なんですよね」

「もちろんだとも、彼女は無事だ。赤谷ボーイのおかげだったとか」


 俺は強敵アイザイア・ヴィルトを倒したあと、キモいクルミのペンダントを彼女からとりあげた。ヴィルトが頬に青あざをつくって完全に伸びているのを確認し、すぐに志波姫のもとへ駆け寄った。

 彼女の意識はすでになく、急いで『蒼い血』を使ったのを覚えている。

 おかげで血は止まり、傷口は塞がったが、それでも腹部と腕の大きな風穴を治療するには至らなかった。部位欠損級のダメージは通常の回復手段では癒すことができないのだ。


 俺の意識はそこから先を覚えていない。きっと気絶したのだと思う。何せヴィルトにボディーブローを喰らって死にかけていたのだから。気合いで志波姫の応急処置は行なったが、そのあと意識をつなぐだけの余力は残されていなかった。


「ひどく重症だったが、最高位の回復スキルホルダーが彼女を治療した。英雄高校は財団からの手厚いサポートを受けれる。命さえあれば怪我はどうとでもなると思っていい」

 

 ダンジョン財団、さすがは全ての異常を管理するオカルト組織だ。出鱈目な人材、手段、現象、物質を備えているというわけだ。


「ヴィルトはどうなりましたか」

「アイザイア・ヴィルトはダンジョン財団と英雄高校の間で審議が行われているところだ。私は詳しく知らないし、知っていても話すことはできない」

「あいつは悪い奴じゃないんですよ」

「赤谷ボーイ、君は彼女に殺されそうになった自覚はあるのか」

「もちろんです、あいつは鬼畜の所業でみんな殺すつもりだったんだと思います」


 でも、ヴィルトは悪いやつな訳がないのだ。

 俺は普段の彼女を知っている。彼女はキモいクルミのせいであんな酷いことをしてしまっただけなんだ……。俺はポケットをまさぐる。キモいクルミを見せればダビデ寮長だってなにか感じ取ってくれるだ。だが、ない。確かに彼女から奪ったはずの邪悪な種子がない。


「ダンジョンから帰還してそう時間も経っていない。君たちには休養が必要だ。赤谷ボーイ、とにかくいまはゆっくり休みたまへ」


 ダビデ寮長は言って席を立ち、保健室を出て行ってしまった。

 デカい図体の彼がどいたことで気が付く。俺の隣のベッドに横たわる影に。

 そいつは上体を起こし、静かに文庫本を開いて読書にふけっている。ペラりペラり。ページをめくる音。艶やかな黒髪の毛束がほろりと落ちる。それをすくい耳にかける白い細い指。明らかにわざと俺を無視している。


「志波姫、お前、体は大丈夫か?」

 

 俺は沈黙を破り、静かに読書して澄ましている少女へ、声をかけた。










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 こんにちは

 ファンタスティックです

 

 新作を投稿しました。

 幸薄めな主人公の現代ダンジョン物語。赤谷誠はまだ理性が残ってて極振りできなかったので、新作の主人公・赤宮禅にはリベンジを兼ねて鋼の意志で極振りをしていただこうと思ってます。

 タイトル『極振り庭ダンジョン』です。

 ご興味ありましたら読んでくれると嬉しいです。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651121763226

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